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世界の色は一つでいい  作者: oqutopus
1章 世界の色は一つでいい
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静かに、一色桃華は兄離れを決意する(3)

「いっ、いえ、ちがいます。今のは『イエス』という意味でのはいではなくて――」


 呆れてしまうくらい分かりやすく否定する紗月ちゃんを見ながら、私は気づかないふりをして勉強に戻った。


 社会科のプリントに県名を書き込みながら、二人のお姉ちゃんのことを考える。

 お兄ちゃんと話しているときの私たちは、多分すごく似ている。

 うちに来てくれたときの二人しか私は知らないけど、二人ともお兄ちゃんと話しているときはすごく楽しそうで、そして不器用なお兄ちゃんにきつい言い方をされたときは、すっごく悲しそうな、寂しそうな顔をする。それは誰が見ても明らかで、私もお兄ちゃんといるときは多分、同じような表情をしていると思う。

 さっき紗月ちゃんは否定してたけど、紗月ちゃんも菜月ちゃんも、みんな嘘が下手だ。うちでの二人を見ていてその気持ちに気づかない人なんて、お兄ちゃん以外にはいない。


 私は二人が大好きだ。二人ともすっごく優しくて、本当のお姉ちゃんみたいに思ってる。

 だから、二人がお兄ちゃんのことを好きでいてくれたら、すごく嬉しい。

 そしていつか二人が本当のお姉ちゃんになってくれたらって、こっそり願っている。

 菜月ちゃんには前に言ったことあるけど、あれはちょっとだけ私の本心だった。


 私は二人の気持ちを知っている。

 でもそれ以上に、私はお兄ちゃんの気持ちを知っている。

 ずっと私だけのお兄ちゃんだった。

 お父さんもお母さんもいなくなって、怖くて不安で、生きていくことさえ嫌になっていた私を、お兄ちゃんだけはずっと傍で励ましてくれた。お兄ちゃんだけが、私の家族だった。

 二人がいなくなったあの日から、お兄ちゃんは私だけを見ていてくれた。私だけのことを考えていてくれた。そんなお兄ちゃんが私は大好きで、お兄ちゃんさえいてくれれば、ついそれでいいと思ってしまう。

 でも、それは私の甘え。私の弱さ。あの日から、私はずっとお兄ちゃんを縛り続けている。


 私が今のままでいる限り、ずっとお兄ちゃんは私だけを見ていてくれる。自分の何を犠牲にしても、私の幸せを願ってくれる。でもそうしている間、お兄ちゃんの世界には私しかいない。お兄ちゃんの目は、私しか映さない。私の大好きなお兄ちゃんの幸せも未来も平気で犠牲にして、私を守り続けようとしてくれる。

 だからいつまでも、あんなに分かりやすい菜月ちゃんや紗月ちゃんからの好意にさえ気づけない。どうしようもなく優しくて、びっくりするくらい不器用で。


 ずっと昔から変わらない。私のお兄ちゃんはそういう人だ。


 私がいつまでも甘え続けている限り、お兄ちゃんは自分の未来を考えられない。私がすべて奪ってしまった。ただ与え続けてくれるお兄ちゃんに、私は何も返せていない。


 ――兄離れ。


 あれからお兄ちゃんとの日常の中で、ずっと頭の片隅にある言葉。脳裏をちらつくたび気づかないふりをして、目を背けて来た。

 本当は今のまま、ずっとお兄ちゃんを独り占めしていたい。私だけを見ていて欲しい。

 だって大好きだから。

 いつだって守ってくれた。助けてくれた。傍にいてくれた。本当は私が一番、兄離れなんてしたくないって思ってる。――でも、


 こういうことを考えると、決まって思い出す大好きな笑顔が()()あった。そして最近、ぎこちない微笑みがもう一つ増えた。


 私はお兄ちゃんと同じくらい、二人にも幸せになってほしい。

 二人のお姉ちゃんの顔を思い出して、不思議と私の中である思いが形になっていた。


 いつか、お兄ちゃんを自由にしてあげないといけない。もらってきたものを、返せるようにならないといけない。

 そしていつか、私に向けてくれるあの温かい言葉や笑顔を、いつかあの二人にも――



「ふふ、一色さんも菜月さんも、早く帰って来てくれるといいですね」


 優しく微笑む紗月ちゃんの顔を見つめながら、私はそっと()()()を決意した。


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