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世界の色は一つでいい  作者: oqutopus
1章 世界の色は一つでいい
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静かに、一色桃華は兄離れを決意する(2)

「正解です。一時間経ちましたし、そろそろ休憩にしましょうか?」


 一色さんの留守中、桃華ちゃんの勉強を見ていた私は、ちょうど三枚目のプリントの採点が終わったところでそう告げる。

 すると桃華ちゃんは「終わった~」と元気よく言って大きく伸びをした。


「お疲れ様です。もうすぐ三時ですし、おやつにしましょうか?」

「ほんとっ! やったー」


 リビングの机の上を片しながら言うと、桃華ちゃんは期待のこもった視線で、大袈裟に万歳のポーズをする。そんな桃華ちゃんの様子を見ていると、自然と私の頬も緩んでしまう。


「ふふ、来る途中美味しそうなタイ焼き屋さんを見つけたんです。頭を使った後は糖分を補給しませんと」


 冗談めかして言いながら、私がお土産に買ってきたタイ焼きを箱から出していると、桃華ちゃんは「糖分♪ 糖分♪」と変なリズムで口ずさみながら、二人分のお皿をキッチンの戸棚から持ってきてくれる。


「菜月さんの分も合わせて四人分買ってきたのですが、一つ余ってしまいますね」


 箱を開いて中を覗き込みながら言うと、桃華ちゃんは「んー」と腕組みして考える仕草をする。

 なんだかそんな桃華ちゃんの仕草が可愛くて、私は大袈裟に、内緒話でもするように声をすぼめると、妙に真面目ぶった表情で、


「仕方ありません。……このことは、二人には内緒ですよ?」


 そう言って、わざと隠すような仕草をしながら、手早く箱の中の四つのタイ焼きを二つずつ私と桃華ちゃんのお皿に載せる。そんな私の様子に一瞬キョトンとしていた桃華ちゃんだったけれど、お皿の上のタイ焼きを見て、はっと意味を理解した様子で、


「う……うん。二人だけの秘密だよ? 紗月ちゃん」


 にやけそうになるのを必死にこらえながら、桃華ちゃんも私に合わせて大袈裟に真面目な表情を作ると、人差し指を口の前にやって内緒話の仕草で言う。


「…………」

「…………」


「「………ぷっ」」


 お互い真面目な顔を作ったまましばらくそうしていると、なんだか可笑しくなってきて、私たちは同時に笑い出した。


「あははは、へんなの~。紗月ちゃんでもそんなことするんだね!」

「ふふ、ええ、私も自分で言っていてなんだか可笑しくて。また今度、二人がいるときにも買ってきましょう。今日はその味見です」


 お皿の上のタイ焼きを一つ手に取って言うと、


「えへへ、そだね。味見しよっか?」


 桃華ちゃんもそう言って自分のお皿から一つ、タイ焼きをとる。


「ええ、味見は大事ですものね!」

「料理の基本だよね!」


 二人でお互いの言い訳を肯定するように力強く頷いた後、こつんとタイ焼きを乾杯の要領で軽くぶつけた。


「「いただきます―――んっ⁉」」


 一口食べて、そして私たちは二人同時に目を見開く。


「おいっし~~!」

「美味しいです!」


 声が重なる。そのことにまた私たちは笑いあう。

 本当に、素直で可愛くて、まるで妹ができたみたいだ。

 幸せそうにタイ焼きを食べる桃華ちゃんを眺めながら、ふとそんなことを思った。



「そういえば、菜月ちゃんは今、北海道にいるんだよね?」


 休憩の後、社会科の日本地図のプリントを解きながら、桃華ちゃんが思い出したように言う。


「そうですね。函館市に父方の実家があるそうですから、里帰りと家族旅行を兼ねているのでしょう」


 言うと、桃華ちゃんは「へえ」とどこか羨ましそうな声を漏らした。


「函館と言えば、日本三大夜景と言われる函館山からの夜景が有名ですね。北海道は食べ物も美味しいそうですし、いつか行ってみたいですね?」

「っ……うん、そうだね」


 一瞬、私の言葉に桃華ちゃんが声を詰まらせたように見えた。


「どうしたんですか? 何か気になることでもありましたか?」


 プリントの内容で困ったところがあったのかと思い尋ねると、桃華ちゃんは「んーん、そうじゃなくて」と首を振る。


「菜月ちゃん、どうしてるかなって思って」


 桃華ちゃんの話題の中心はいつも、兄の一色さんか菜月さんのどちらかだ。昨日お兄ちゃんがフルーツを買ってきてくれたとか、菜月ちゃんにまたゲームで勝ったとか、そういう何でもないことをいつも嬉しそうに話してくれる。


「そういえば、一色さんと菜月さんは幼馴染なんですよね? 桃華ちゃんともそうなんですか?」


 雑談の延長線上の、他愛ない会話。そのつもりで、私は尋ねる。


「うん、小学生の時から知ってるよ? でも、ほんとはもっと前に会ったことがあるんだけど、お兄ちゃんはすっかり忘れちゃってて。いつかお兄ちゃんに教えてびっくりさせてやる~って、菜月ちゃん言ってたよ?」

「へえ、そうなんですね」


 やはり、一色さんと菜月さんは幼いころから親しかったんですね。でももっと前から知っているということは、もしかして、菜月さんはやっぱり――


「紗月ちゃんはさ、」


 私がその可能性に思い至る直前、先ほどと変わらない声音で、何でもないように言った桃華ちゃんの声に、私の思考は遮られた。


「紗月ちゃんはさ、お兄ちゃんのことが好きなの?」


「…………はいっ⁉」


「あ、やっぱりそうなんだ! お兄ちゃん、カッコいいもんね!」

「いっ、いえ、ちがいます。今のは『イエス』という意味でのはいではなくて、『ワッツ⁉』という意味のはいで。わたっ、私はべつに一色さんが好きとかでは。……いえ、確かに一色さんはいい人だと思いますけど、恋とかではなくてですね!」


 予想外の桃華ちゃんからの質問に虚を突かれ、見苦しくうろたえてしまう。それでもなんとか否定すると、桃華ちゃんは、


「そうなの? 残念」


 少しだけしゅんとして勉強に戻った。



 *



 落ち着きを取り戻そうと、少しお手洗いに立つ。

 鏡の前で火照った自分の顔を見て、更に恥ずかしくなって水で冷やそうと顔を洗う。


「まったく、桃華ちゃんったら姉さんのようなことを言って……」


 しばらく洗面所の前で深呼吸し、完全に落ち着くのを待つ。

 私が一色さんを好き?

 まったく、どうして姉さんも桃華ちゃんもそんな勘違いをするのでしょう。確かに桃華ちゃんのことは妹の様に思っていますが、そんなところは姉さんと似なくていいんです。

 だいたい、桃華ちゃんの話を聞く限り、一色さんのことを好きなのはどう考えても――

 ―――っ!

 一瞬、ズキッと胸のあたりが痛んだ気がした。鏡に映る自分の表情が、くしゃりと歪んだように見えた。

 けれど、私はそれを気づかなかったことにして。鏡の前の自分に言い聞かせるように、


「一色さんは、友人です」


 たとえもし、この胸の痛みに意味があったとしても。姉さんや桃華ちゃんの言うことを否定できなかったとしても。それでも私は、()()を認めるわけにはいかない。

 いつか失う私は、誰かを好きになんてなってはいけない。


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