静かに、一色桃華は兄離れを決意する(1)
「あっ! ちょっと、メメちゃん! それ私の回復アイテムってああああ!」
「やった、紗月ちゃんナイス! 危ないからもう少し離れてて!」
「え、ええと、○がアイテムで×がダッシュ……あれ? なぜ転がって」
「メメちゃん! それ回避だから! ダッシュは後ろのってあああっ! もう~、またテントからだよお~!」
女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、天ノ目が家を訪れるようになってから、賑やかな時間が増えた。特に今日の様に、菜月も一緒にいるときは終始誰かが口を開いており、静かな時間の方が珍しいという以前まででは考えられなかった日常の景色。
夏休みの始め、公園でのあの言葉通り、天ノ目はよく家に遊びに来てくれるようになった。最初は一々俺に連絡を取ってから来ていたが、今では菜月と同様、家の合鍵を渡していて、都合が合えば俺が外出している間、桃華の子守りをまかせるほど、頻繁に訪れている。そしてそんな天ノ目という餌につられてか、以前にも増して菜月もよく遊びに来るようになった。
初めて三人そろった時は若干の気まずさもあったが、菜月はあの通り人を拒絶しない性格なので、すぐに学校外での天ノ目とも打ち解け、今では俺に料理当番を押しつけ、女子三人で姦しくゲームをしたりテレビを観たりしている光景をよく目にする。
「桃華、ゲームは一日三時間までだ。それが終わったら勉強するぞ」
キッチンで食材をカットしながら、モンスターの素材をはぎ取っている妹に小言を言うと、
「だって、モモちゃん。薫ママが言ってるよ~。今日も私がしっかり教えてあげるからね♪」
なぜか一人だけモンスターの標的にされ、幾度となくテントからやり直す羽目になっていた菜月が、ここぞとばかりに桃華に勝ち誇ったような笑みを向ける。
「え~、菜月ちゃんより紗月ちゃんの方が分かりやすいからいいよ」
「えっ⁉」
「え、ええと。それじゃあ、今日は私がみましょうか?」
「モモちゃんの浮気者~~っ! 私からメメちゃんに乗り換えるなんてひどいよ! 私のことは遊びだったの⁉」
……まったく。思わず調理の手を止めて、ため息を吐く。
「おい役立たず、うちの妹に変なこと教えるんじゃない」
「はあああっ~? ひっどいよ薫ちゃん! 今まであれだけ私に頼っておいて! あ~あ、私すっごく傷ついた! あやまって! そして贖罪として薫ちゃんのプチトマト二つ、私に献上して!」
リビングのソアーからぷんぷんと頬を膨らませて、怒っていますアピールをしてくる菜月。そんな菜月を見て、天ノ目や桃華は可笑しそうに笑っている。
これが今の俺たちの日常的なやり取りだ。
「お前に贖罪しようと思ったら、とてもプチトマトなんかじゃ足りないだろ。ほら、食材やるからこっちきてお前も手伝え」
菜月にレタスやトマトなどの野菜を渡して、サラダ風にしてくれと頼む。
「むむむ~……ほだされないからねっ、薫ちゃん! まったく、そういうところがほんと、この兄妹は……」
ブツブツと文句を言いながらも、菜月は素直に手伝ってくれる。俺よりはるかに手際がいいのが悔しいが、こうして誰かが手伝ってくれる分、三人分の料理を作る手間も苦ではない。
「それでは、二人が昼食の準備をしてくれている間に、私たちは片づけとお勉強の準備をしていましょうか?」
「うん、それじゃあ筆箱とか取って来るね!」
そんな桃華と天ノ目のやりとりを聞きながら、俺は四人分のオムレツを焼く作業へと取り掛かった。
*
「行ってらっしゃい、お兄ちゃん」
「行ってらっしゃい、一色さん」
「ああ、行ってきます」
桃華と天ノ目に見送られながら、俺は玄関を後にする。
夏休みも半ばの今日は、今月二回目の桃華の中学の担任、中村先生との面談日だ。ここ最近の桃華は笑顔も増え、天ノ目の前でも髪を気にすることなく普通に接することができるようになった。先生にもいい報告ができるだろう。
俺の留守中、今日も桃華の相手をしに来てくれていた天ノ目に桃華の子守りを頼んだ。最近は二人に留守番を任せることが多い。菜月は今日から家族で一週間ほど父方の実家に帰省するらしく、「私に会えないからって泣いちゃダメだよ?」だそうだ。
「行ってらっしゃい、か」
まさか菜月と桃華以外の人間から言われることになるなんて、以前の俺は想像もしていなかった。そして天ノ目に見送られることに何の違和感も抱かなくなっている自分に、今更ながら驚いた。




