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世界の色は一つでいい  作者: oqutopus
1章 世界の色は一つでいい
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天ノ目紗月と一色桃華(2)

「ただいま」

「おっかえり~、お兄ちゃん!」


 ドアを開けるとエアコンの効いた涼しい空気と妹の宇宙一可愛い素敵スマイルに迎えられる。幸せすぎて軽くめまいがした。……軽い熱中症とバス酔いの可能性も否定できない。


「お、おじゃまします」

「っ……」


 俺の後ろから聞こえた緊張を孕んだ声にビクッと震えた桃華は、無意識に後ずさって玄関から距離をとった。その自分の髪を隠すように頭に手をやる癖が痛ましく見えて、ぎゅっと胸のあたりが締め付けられる。

 その何とも言い難い感情を誤魔化すように後ろの天ノ目に目を向けると、いつかの自分を彷彿とさせる愉快な表情をしていた。以前こいつの家を訪れた時は俺の方が似たような態度だったが、あの時の俺の醜態の理由が分かってくれたのなら何よりだ。


 少しだけ天ノ目には玄関で待っていてもらって、桃華に事情を説明した後、酷く緊張している天ノ目に風呂と着替えを貸し、俺も部屋着に着替えてリビングで待つ。


「あの、お兄ちゃん」


 お気に入りの部屋着のパーカー。そのフードを深くかぶった桃華は俺がソファーに腰かけるとすぐに傍に寄ってきて、一言そう呟くと、それ以上何も言わず、俺の服の端をぎゅっと握ったまま俺の胸のあたりに顔をうずめた。予想外のことに俺も戸惑ってしまい、桃華に連絡するのを忘れてしまったのは痛恨のミスだった。



「あの、いいっ、一色さん! お、お風呂、ありがとうございました。その、お洋服も」


 しばらくそうしていると、リビングのドアが開き、さっきよりは幾分かマシになったが、それでも緊張の抜けきっていない様子の天ノ目が、迷いのある足取りでやってきた。身体からはホカホカと湯気が上がっている。温まったのなら何よりだ。


「あ、ああ。服のサイズは大丈夫だったか?」


 風呂上がりの同級生など菜月以外に見たことがないため新鮮で、俺もつい緊張を含んだ返事になってしまった。


「は、はい。妹さんのものでしょうか? すみません、お借りしてしまって」

「っ……」


 天ノ目にそう言われ、桃華はより深く俺の胸に顔をうずめる。天ノ目がリビングに入ってからずっと、妹の身体は小刻みに震えている。


「いや、それは同じクラスの杉原菜月の服だ。腐れ縁で偶に家に遊びに来るんだが、そのときに忘れて行ったものがいくつかあった」


 菜月は同年代の女子としては平均的な身長だが、天ノ目はそれより少し高い。サイズは大丈夫かと心配していたが、少し大きめのサイズのパーカーがあって助かった。

 俺がそう説明すると、一瞬ピタッと動きを止めた天ノ目だが、すぐにいつもの貼り付けたような笑みを浮かべ、


「幼馴染ですか? いいですね。私は昔から転校が多かったので、うらやましいです」


 緊張も和らいできて、普段通りの声で天ノ目は言った。



「えっと、一色さんの妹さん、ですよね? 一色さんのクラスメイトで、隣の席の天ノ目紗月と申します。お兄さんにはいつもお世話になっています」


 落ち着いたところで、天ノ目は先ほどから俺の胸に顔をうずめ、そこからまったく動こうとしない桃華に優しく話しかける。


「っ……」


 しかし桃華は更に身をこわばらせ、服越しに伝わる彼女の呼吸が若干荒くなったのが分かった。

 いくら人見知りでも、流石にこれは異常だと気づくだろう。何の事情も知らない天ノ目は困惑した様子だが、無理にこの場で聞き出そうとはしてこない。それが俺にはありがたかった。

 天ノ目に事情を説明したいところだが、桃華がこの状態では俺は身動きが取れない。

 どうしようかと思っていると、ふと天ノ目が桃華に近づいた。


「妹さんは、お名前は何と言うのですか?」


 優しい声音だ。語り掛けるような、包み込むような、それはどこか記憶の中の、あの母の声を思わせる温かい声。その声に、少しだけ俺の服を掴む桃華の握力が弱まった。


「……いっしき……とうか、です」


 消え入りそうなほどか細い声で桃華は答えた。


「とうかさん、ですか? どんな字を書くのでしょう?」

「果物の桃という字に、華道の華だな」


 ……ん? 俺が答えると、なぜか天ノ目が不満そうな顔で頬を膨らませている。


「もうっ、私は妹さんに聞いているんです。一色さんは静かにしていてください!」

「あ、はい」


 天ノ目に怒られたのは初めてなので、素直に頷いてしまった。どうやら天ノ目は桃華と仲良くなろうとしてくれているようで、俺はそれを邪魔してしまったらしい。

 窓の外に目をやると、遠くに晴れ間が見える。あと一時間もせずに雨は上がるだろう。

 今日のこの雨が止めば、天ノ目と桃華の関わりは終わる。べつに無理に天ノ目が桃華を気にする必要はない。

 ……そう思っていたが、ふと、今日の桃華の中学の担任、中村先生の言葉を思い出した。


『少しずつですが、お兄さんやそのご友人以外の、外の人とも関わる機会を増やしていくことも、大切かもしれませんね。どんな人であれ、肯定されることもあれば否定されることもある。そして、外には否定する人たちだけでなく、肯定してくれる人もいるのだということを教えてあげることも、私たちの役目ですよ』


 奇しくも先生の言う「外の人」であるところの天ノ目が今うちにいて、桃華と仲良くなろうとしてくれている。ならばその手伝いをするのが俺の役目だろう。


「桃華、天ノ目はいいやつだ。それは俺が保証する」


 俺が言うと、嬉しそうに天ノ目が微笑む。


「どうしたんですか、一色さん? 突然優しくされると反応に困るのですが」


 微笑むというか、照れているという表現が近いかもしれない。


「おかしなことを言う。俺は常日頃から優しい。困ることなんてないはずだ」


 俺が心にもない適当ぶっこくと、今度は天ノ目の笑顔がサアっと青ざめた。


「……ど、どうしたんですか本当に? 大丈夫ですか? 一色さんはいつもなら絶対そんなこと言いません!」


 心配されてしまった。まったくもって遺憾ではあるが、確かに日頃の行いを考えるとおかしくなったと思われても仕方ないかもしれない。自宅でつい気が緩んでしまっているようだ。


「悪かったな不愛想で。菜月いわく、妹が絡むと俺は結構おかしなことを口走るらしい」

「そういえば、杉原さんと初めて話したときにも言われましたね。薫ちゃんは妹のことになると変に明るかったりして気持ち悪いよ、と」


 流石は菜月だ。気持ち悪いは余計だが、俺のことをよく分かっている。

 俺たちがそんな会話をしていると、ふと先ほどまで胸に感じていた桃華の息を感じないことに気づいた。体温で温かかった右肩は空気に触れて若干寒い。

 見れば、いつの間にか天ノ目の方を向いていた桃華が俺たちのやりとりを見て小さく笑っていた。


「あ……あの。あまのめ、さん……は。……お兄ちゃんと……その、仲がいいんですね……?」


 恐る恐る顔色を伺いながら話しかける桃華。


「ええ、とっても仲良しです! よければ桃華ちゃんも、私と仲良くしてくれると嬉しいです!」


 そんな桃華に、天ノ目は恐がらせないよう優しく微笑みかける。柔らかいそれは普段、彼女が学校で見せるあの完璧な笑みでも天ノ目の家で見た美華さんに見せる笑みでもなく、なぜかずっと昔に母から向けられていた、あの温かい微笑みに似ていると思った。


「おい、嘘を教えるんじゃない。いつ俺がお前と仲よくなった」


 勘違いされてはかなわないので一応そう断っておくと、二人は一度お互いに顔を見合わせた後、何がおかしいのかクスクスと笑いだした。


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