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世界の色は一つでいい  作者: oqutopus
1章 世界の色は一つでいい
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平凡な幼馴染(1)

 幼い頃から知っている彼は、ずっとずっと平凡だった。

 平凡な彼は優しくて、優しさしか持っていなかった。


「……はあ」


 寝不足のまぶたをこすりながら、いつもの通学路を歩く。普段寝つきのいい私だけど、昨夜は布団に入った後も、スマホの通話アプリが気になってなかなか寝付けなかった。

 見慣れたいつも通りの光景にますます眠たくなる頭をがっくりがっくり振りながら歩いていると、突然、横断歩道の方からプププーッという、車のクラクションが鳴り響いた。

 音のした横断歩道を見ると、横断歩道の信号機が点滅していて今にも赤に変わりそうだった。それにもかかわらず、その真ん中で呑気に靴紐を結びなおしている高校生が、信号待ちしているトラックの男性から大声で怒鳴られている。そして、そんな高校生の後ろを、高齢の女性が荷物を抱えて急ぎ足で通り過ぎる。

 ちらりと横目で確認した後、その真っ赤な髪の高校生は目つきの悪い目で、謝っているつもりなのか軽く運転手に片手を挙げた後、ゆっくりと歩き出した。

 女性が渡り切る寸前で信号は赤に変わり、女性が渡り切った直後、彼は早足にさっさと信号を渡り切る。トラックの運転手は最後に思い切り彼を睨みつけた後、プーッと一際大きなクラクションを鳴らして去って行った。

 そんなトラックに彼は小さく頭を下げた後、何事もなかったように歩き始める。周囲からはそんな彼の態度を批難するささやき声が聞こえて来る。彼とほぼ同じタイミングで横断歩道を渡り終えた女性はよっぽど急いでいたのか、大荷物を抱えてさっさと歩いて行ってしまう。その背中に一瞬手を伸ばそうとして、けれど彼はためらうような様子を見せた後、すぐに女性から視線を切った。

 まるでそれが日常なのだというように、彼はそれを受け入れる。誹謗も中傷も、侮蔑も非難も理不尽も、彼にとってはそれらすべてがただの日常。

 その気遣いにも優しさにも、他の誰も気づかない。


「……ふふっ」


 周囲の人々が眉を寄せて非難めいた視線を向ける中、私は思わず頬が緩んでしまう。

 だれも気づけない彼の優しさが、つまらない朝の景色を色づけてくれた。



 *



「おっはよう薫ちゃん! 今日もいい朝だねえ」


 いつもの通学路。真っ赤な頭のくせに妙にしょぼくれた見慣れた背中を見つけた私は、元気よく言ってバシンッとその背中を叩く。


「ってえ。……相変わらず朝から元気なやつだな」


 思ったより強く叩きすぎちゃったせいか、私に叩かれたところをさすりながら、薫ちゃんは恨みがましい視線を向けてくる。しかし私の顔を見た薫ちゃんは「ん?」と首を傾げて、


「なんでお前、そんなに怒ってんだ?」


 さっきまでの不機嫌そうな表情が、今は私を心配する優しいものへと変わっている。たぶん他の人には分からない些細な違い。積み重ねて来た年月が、彼のその不愛想な声が私を心配してくれているのだと教えてくれる。


「べっつに~~っ。私もメメちゃんのお家にお邪魔してみたかった~とか、薫ちゃんだけ抜け駆けしてずるい~とか、全然思ってないよ?」

「……べつに、俺が行きたいと言ったわけじゃないぞ。……今度お前も頼めばいいだろ?」

「ん~……や、そういうことじゃないんだよね~。ま、薫ちゃんには分からないか」


 そう言ってからかうように笑うと、薫ちゃんは心底訳が分からないというように首を傾げながら、呆れたようなため息を吐いてみせる。その姿がなんだかおかしくて、私はまた意味もないことを言って困らせては、彼の反応を楽しんだ。


 いつもの通学路。いつもの会話。いつも通りの私たち。

 当たり前のようなそれが嬉しくて。この平凡な日常が当たり前なのだと思えることが嬉しくて。

 だからだろうか。

 いつの間にか当たり前になった日々を当たり前ではないのだと意識するように、私は脳裏に浮かぶ淡い記憶にそっと手を伸ばした。


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