アメ色の世界(8)
「いい子そうだったね、彼。ちょっと気難しそうだったけど、紗月ちゃんに初めて紹介された男の子がちゃんとした子で、お姉ちゃん嬉しいわ♪」
一色さんを見送ってリビングに戻った私に、冷蔵庫から取り出した麦茶をコップに移し、それを口元に運びながら姉さんが冗談交じりに言う。
「じ、事実ですけどその言い方だと誤解が生じるのでやめてください。……はい、一色さんは良い人です」
先ほどのこともあってまだ少し動揺が残っていた私は、思わず声が裏返ってしまった。最初から最後まで姉さんのせいで本当に散々な結果になってしまったけれど、こうして普段お世話になっている一色さんのことを姉さんに認めてもらえたことは、凄く嬉しかった。
「ふふ、紗月ちゃんもけっこう満更でもない感じ? たしかになかなかイケメンだったもんねえ、彼。面白い子だったし、お姉ちゃんも結構タイプだな~」
「なっ、やっぱり最後のあれは」
「あははは。でも紗月ちゃんのお友達じゃあ仕方ないねえ。お姉ちゃんとしては義弟ができた方が嬉しいし」
「な、なに言ってるんですかっ……! 何度も言っていますが、一色さんとはただの友人です! 姉さんの考えているような関係ではありません‼」
必死に否定するけれど、姉さんは面白がってケラケラと笑うばかり。本当に、いじわるです。
そうしてひとしきり私の反応を楽しんだ姉さんはコップの麦茶を一口飲んで、言った。
「でも、やっぱりまだ目のことは話してなかったんだね」
「っ……はい」
穏やかな雰囲気のまま切り出した姉さんの言葉に、しかし私は動揺することなく頷いた。一色さんが家にいる間、姉さんが一色さんの目からそれを遠ざけるように振舞っていてくれたことは分かっていた。
「一色さんは良い人ですし、信用できると思います。ですが」
「それとこれとは話が違う、ね」
しぼんでいく私の声に、姉さんが続きを紡ぐ。
「……ありがとうございました、姉さん。その、いろいろと」
「まあ、呼んでって言ったのは私だしね。でもたぶん彼、いろいろ気づいちゃったと思うよ?」
容赦なくその可能性を突きつけてくる姉さん。その言葉の裏にはたぶん、これから人と付き合っていく上での忠告のようなものも含まれているのだと分かった。
いつまでも隠してはいられない。関わる機会が増えれば違和感を覚えることも増えて、その時々でうまく誤魔化せるとは限らない。隠し事は敏感に相手に伝わり、それが深い溝となり、壁となり、本当の意味で心を許せることはない。
いつか光を失う日は必ず訪れる。それまでの変化を、減衰していく時間を、誰かと共有することはきっとできない。
分かっている。それは避けては通れない事実。それはとても残酷で、考えるほど目の前が真っ暗な闇の中に包まれる。
「っ……はい。分かっています……」
しかしいざこうしてその事実を突きつけられると、うまく姉さんと視線を合わせられない。声が震える。
掃除の行き届いたリビングのフローリング、埃は見えない。その埃すら、いつか見えなくなる日が来るのだろうか。
「大丈夫。お姉ちゃんがついてるよ」
優しく添えられた姉さんの手は、何よりも優しかった。




