悲しみを抱えて(2)
彼を失って、一月が経った。
冬の寒さと心の空虚さで震えが止まらなかった彼のお葬式から、やっと一月の時が流れた。
もうあと一週間もすれば一月も終わり、そうすればまた私は名残惜しさを覚えつつ、カレンダーのページをそっとめくるのだ。いつもみたいに、彼を失くす以前と、何も変わらず。
「天ノ目……。君の進路についてだが」
三者面談。出席番号順に行われることになっていたけれど、私の事情を考慮して最後にまわしてくれた。
静かに入室した教室で、担任の安桜先生は気遣うようにそう言って、少しずつ話を始める。
「以前、夏休み前に行った面談では君はたしか就職を希望していたが、今もそのつもりかい?」
「……はい。これ以上、姉さんに甘えるわけにはいきませんから」
姉さんは夢だった喫茶店経営を諦めて、調理学校を辞めて企業に就職した。私のために、未来を捨てた。私のせいで、何もかもを犠牲にさせてしまった。
そんな私には、自分勝手に未来を望む権利なんて、あるはずもない。
「っ……君は、……っいや、お姉さんとはきちんと話したのか?」
「いえ、将来のことについては、……何も」
「……そうか」
先生は静かにそう相槌を打って、そっとその視線を私から逸らした。痛ましいものから目を背けるような、そういう思いを抱いてしまう自分の弱さから逃れるような、そんな優しい気遣いだった。
ああ、そういうところがどこか彼に……
ッ――
ふと、そんな先生の仕草に彼の面影を見て、またあの痛みに襲われた。悲しみの大きさに押しつぶされそうな苦しみと、胸の奥深くから、お正月の除夜の鐘のようにジーンジーンと一定のリズムで押し寄せて来る疼痛の波。光薄れ暗く滲んだ視界の中で、目の前の大人の女性を眺めながら、私はそれを悟られないように、悟られてしまえば、また先生は無力さで自分を責めてしまうから、私は声を押し殺して静かに耐えた。
「天ノ目? ……君の目のことや、気持ちのことを考えると、今すぐに落ち着いた話ができるとは考えていない。ゆっくりでいい。気持ちの整理がついたら、一度きちんとお姉さんと話し合いなさい。必要なら、私がいつでも相談に乗る。……な?」
言葉を一つ一つ選びながら、先生は言った。
やっぱり、そういうところが彼に似ている。菜月さんも桃華ちゃんも、一色さんの周りの人たちはみんな、どこか彼の面影を残している。だから不思議と、こうして誰かと言葉を交わす度、彼のことをまた思い出して。その度に、この胸は締め付けられる。
そんな思いを、暗い靄で隔たった視界の外に漏らさないようにぐっと吞み込んで。「……はい」と短く答えながら。
私は一つだけ。残酷な問いかけであると知っていて、それでもどうしても問いかけずにはいられなくて。
世界の理不尽に対する子供のような八つ当たりだと分かっていながら、それでも、大人で優しい先生に、また甘えてしまった。
「先生。進学にしろ就職にしろ、私の目はもうあと一年もすれば完全に見えなくなると思います」
「っ!」
目を見開いて今にも泣き出しそうな先生に、最低なことだと分かっていながら、喉元を過ぎた言葉は形となり、止まることはなかった。
「私には、どんな未来が残されていますか?」




