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世界の色は一つでいい  作者: oqutopus
3章 残した色は一つじゃない
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悲しみを抱えて(1)

「杉原。君は以前の面談では、進学を希望していたな。今の気持ちはどうだ?」


 薫ちゃんが死んじゃって、一月が経った。

 耐え難い絶望をみんなで寄り添って、ようやく乗り越えた冬休みが終わったと思ったら、一月もあと少しで終わってしまう。そうしたらすぐに二月になって、期末テストとか終業式とか、卒業式とか、また忙しい日々が始まる。

 そんな一月の終わりの金曜日。二者面談の教室で安桜先生と向かい合って、私は進路について考える。


「うん。今のところ、進学希望のままかな。お父さんもお母さんも、学費は大丈夫って言ってくれてたし」

「そうか。君の現状の学力であれば心配はないが、そろそろ本格的に受験勉強に取り組み始める時期だ。……その、君の気持ちは……いや、なんでもない」


 何かを言いかけて、何かを吞み込んで、すっと視線を手元の資料に戻した先生は、そう言ってさっき言いかけた言葉を取り消した。

 この一月、誰もそれを言わなかった。言えなかった。私も、みんなも。言葉にして形にしてしまえば、また言いようのない痛みや苦しみが押し寄せて来るから。

 押しつぶされるような悲しみや、心臓が止まってしまいそうなほどの動機の波が、理不尽に身を包んでいく。


『――一緒に、幸せになろうよ』


 メメちゃんと約束して、モモちゃんもトモちゃんも、みんなで寄り添って、分け合って、支え合って、どうにか今日まで生きてこられた。

 芯を失くした心をみんなで寄り添って温めあって、おしくらまんじゅうみたいに、ふいに押し寄せる怖気にも似た言いようのない寒さを、必死になって耐えて来た。

 けれど、ふとした時。ふっと気を抜いたとき、


『ね、薫ちゃんもそう思うよね?』


『もう~、何とか言ってよ薫ちゃん!』


『あ、そういえばこの前、駅前ですっごい綺麗なお姉さんを――』


 いつもみたいに振り返って笑いかけたその先には、誰もいなかった。

 あのぶきっちょな笑顔もぶっきらぼうな物言いも、冗談や軽口ばかりの、そのくせ温かい声も。気遣いばかりの優しい目も、困ったときの呆れ笑いも。照れくささを誤魔化すように、頬をかくふりをして目を逸らす癖も。

 もうそこには、何もなかった。


 彼の大好きな笑顔の女の子。


 ずっとずっと、私の目標だった。そんな女の子になりたかった。

 そんな人になれたら、いつまでも彼は隣にいてくれる。いつまでも、私はその隣で笑っていられる。そう思っていた。

 でも、もう何度笑いかけても、そこに彼はいない。


「ッ……っっ」


 心臓がぎゅうって締め付けられるみたいに、ジンジンとお祭りの太鼓の音みたいな一定のリズムを伴った痛みが、胸の奥から響いて来る。鼓動とは別の何か。痛くて、辛くて、苦しくて。でも何故か、不思議とあったかくて。よく分かんないようで、よ~く知っているような。

 涙が出るときの、あの痛み。


「だ、大丈夫か? どこか苦しいのか?」


 鼓動を落ち着けるために胸に手を当てて、心臓を押し付けるみたいに、息を止めて、目を伏せて俯いた私に、先生は慌てたように言って、心配そうに、気遣うように私の顔色を覗き込んでくる。


 ……ああ、いやだなあ。

 そんな顔を見るのは、もういやだなあ。


 だから、


「ん、ううん……大丈夫。心配してくれてありがと。やっぱり、美人な先生の慌てた顔は垂涎ものだね!」


 気丈を装って、いつもみたいに笑って見せた。

 笑っていれば、相手の悲しい顔を見なくて済むから。

 大丈夫。これまでと何も変わらない。いつも通り、平凡な日常を続けるだけ。モモちゃんもメメちゃんも、トモちゃんも、みんな頑張ってる。

 きっと大丈夫。薫ちゃんの残したものは、きっと私が引き継いで見せる。


 失くした痛みの深さが、その日々の大切さを教えてくれる道標(みちしるべ)なら。

 寂しい気持ちも悲しい気持ちも、この胸の痛みだって全部、薫ちゃんがいた証。


 だから、――笑っていよう。

 いつまでも悲しんでなんていられない。

 死んじゃいたいって思うくらいの痛みも、苦しみも、悲しみも、全部背負って。

 みんなで、幸せになろうって決めたんだから。


「杉原……」


 そんな私に、先生は(たしな)めるでもなく、心配そうに私の目を見つめて来る。

 そんな顔、しないでよ。大好きな人たちにはいつも、笑っててほしいよ。


 だから私は今日も、精一杯、強がって見せた。


「ふふ、大丈夫だよ、先生! だって――」


 そう、だって私には。


「わたしには、薫ちゃんの遺してくれた繋がり(宝物)があるから!」



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