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世界の色は一つでいい  作者: oqutopus
3章 残した色は一つじゃない
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迷子の迷子のお巡りさん(4)

「バイバイ。またね、タマちゃん」

「クう~ン」

「こら、ダメだよ。もうあなたはここの家の子なんだから。……ふふっ」


 引き取り先の福留さん宅の玄関で別れの挨拶をしながら、それでも離れ難い思いを振り切れず、さよならを言って別れようとして、クイクイと服を引っ張られてまた決心が鈍って触れ合ってしまい、そしてまた……。


 そんな微笑ましく切なくもあるちびっ子とタマちゃん(名前は面白いのでこのままにしてくれるそうだ)のやり取りを眺めながら、俺は改めて今回お世話になった北本さんと福留夫妻に礼を言う。


「本当に、今回はありがとうございました。おかげであの子も犬も、二人とも納得できる形で別れを迎えることができました」


 野良犬がいたから保護しなければいけないのではない。

 野良犬が野良犬のまま生きていくことがいずれ残酷な結末に繋がるかもしれない。不幸に繋がるかもしれない。だから何とかしなければいけない。

 ちびっ子が野良犬を保護していたから手伝わなければいけないのではない。叱らなければいけないのではない。

 ちびっ子があの犬との別れに対して傷つかないで済むように、きちんと納得した上であの犬の未来を祝福できるように、そのために何かをしなければいけない。

 皆さんのおかげで、この結末はまさにあの子と犬にとって最良の選択となったと思う。


「いえいえ、私は電話をもらっただけだから。あの犬を保護したのも写真付きのパンフレットを作ったのも全部あなたとあの子じゃない」


 北本さんが言ってくれる。


「僕たちの方こそ、とても感謝しているよ。またあの子そっくりの犬に出会えるなんて。だから、どうか安心してほしい。きっと幸せにするよ。な?」

「ええ、もうタマちゃんは家族の一員。きっと幸せにするわ」


 福留さんご夫妻がそう言って柔らかく笑んでくれる。

 広い一軒家に二人暮らしのお二人の間に子供はなく、去年まで息子のように可愛がっていたシェパードが寿命で亡くなり寂しく思っていたところにタマちゃんのポスターを見て興味を持ってくれたらしく、そして今日の面談を経て正式にタマちゃんを譲り渡すことをちびっ子が決心した。前回飼っていたのが同じ犬種のシェパードということもあり犬の扱いにも慣れているうえに奥さまは専業主婦。タマちゃんが昼間家で一人寂しい思いをするということもないだろう。いずれはもう一匹シェパードを飼ってタマちゃんにパートナーを……友達をと検討していると言っていた。

 まさに理想の引き取り手だろう。


「それでは、どうぞよろしくお願いします」

「またな、タマちゃん。幸せになれよ」

「またね、タマちゃん! お幸せに!」


 各々の挨拶とともに福留家を出て、北本さんに保護施設の車で駅まで送ってもらった。


「それじゃあ二人とも、お疲れ様。保護活動をしている身としてもお礼を言うわ。ありがとう」

「いえこちらこそ本当にありがとうございました」

「ありがとう、おばさん!」


「……おいこら、おばさんじゃないお姉さんだ。嘘でもいいから気を遣え」

「あの、ちょっと君、聞こえてるんだけどね?」

「いえいえお姉さん、本当にありがとうございました。若々しいです」

「です~」

「……まあいいわ。それじゃあまた、元気でね」


 何か言いたげだったが、北本さんはそう言ってブレーキランプを五回点滅させたあと、窓を開け片手で手を振りながら去って行った。……やっぱりちょっと古い。



「……ったく、泣き虫が」

「っ……だって、だって~」


 北本さんが去った後。下の方から聞こえるグスグスという既視感まみれの嗚咽交じりの声にふっと頬をほころばせつつ、しばらくちびっ子が泣き止むまで、俺はそれ以上何も言わず黙って頭を撫でた。

 それから、


「おじさん、アメ」

「おじさんは飴じゃない。というか俺はおじさんじゃない。お兄さんだ。高校一年生だぞ? ピチピチの青春だぞ?」

「はやく~」

「ったく……」

「ありがと♪」


 ポケットから取り出した俺の黒糖飴を容赦なく奪い取っていくちびっ子。ホントこいつ、将来大物になるな。


「……さて、」

「?」


 駅前のベンチ。ちびっ子が飴玉を食べ終わるまで待って、俺はそろそろ潮時かと惜しむ思いの分だけ重い腰をゆっくりと上げて立ちあがる。

 そんな俺に、よく分かっていない様子で首を傾げているちびっ子。


「じゃあ、タマちゃん問題も解決したし、これでお前ともお別れだな」

「!」

「飴玉代はかかったが、それでも結構楽しかった。またな」


 湿っぽいのは嫌いだぜ。

 長いこと話し込んでいてはいよいよ離れ難くなる。

 俺はこれを最後に立ち去るつもりだった。けれど、


「まってお兄ちゃん!」

「っ!」


 駅に向かって歩き出した俺にかけられた声と同時に、右足をぎゅっと掴まれたような、抵抗があった。


「……お前」

「お前じゃない! りっか!」

「りっか? ……ああ、お前の名前か。いい名前だな」


 そういえば俺、こいつの名前も知らなかったな。

 言うと、何か言いたげにムッとした顔をしたちびっ子は、


「おにいさん、コミュニケーションって知ってる? ずっと思ってたけど、ちょっと変わってるよ?」


 まさか感動の別れ際にダメ出しされるとは。しかもなかなか辛辣な評価だった。やっぱりこいつは大物になるな。


「余計なお世話だ。なんだ? 何が言いたいんだ?」


 意図が分からずあらためて問うと、ちびっ子は唖然とした顔をして、小さく「ホントに分からないんだ……」と何故か衝撃を受けていた。そして、


「もう! 人に名前を名乗られたら、名乗り返すのがじょーしきでしょ?」


 ピンと顔の前に人差し指を立てて、賢しらぶって言うちびっ子……いや、りっか。


「それは知らなかったな。驚きだ。……一色薫だ」


 この年の子に常識を教わるとは、さすが俺だ。

 素直に自己紹介すると、りっかは満足したのかニッコリと笑って、


「カオル! バイバイ、カオル! 私も楽しかった!」


 呼び捨て……。まあ、いいか。


「ああ、またなりっか。お前も、幸せに――」


 ――幸せになれよ。

 最後にそう言って、俺は彼女と別れた。


 俺が終わりを迎えるちょうど一年くらい前の、他愛ない触れ合いだ。



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