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世界の色は一つでいい  作者: oqutopus
3章 残した色は一つじゃない
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迷子の迷子のお巡りさん(3)

 そんなわけで、俺たちは今、この犬の飼い主を探している。いるのだが……。


「それにしても、やっぱり大型犬、しかもシェパードとなるとなかなか飼える人もいないもんだな」


 個人だけでなく保護犬の保護施設もいくつか回ったが、それでも引き取ってもらえるところは中々なかった。どこも施設自体がそこまで大きくなくて今の状態でもてんやわんやらしく、こんな大型犬を抱え込むことは難しいと言われてしまったのだ。一応、どの施設の人もツテを当たってみると言ってくれたが、「あまり期待はしないでね」とも言われた。


「うん。こんなに可愛いのに」


 言いながら、ちびっ子はその犬……タマちゃんの頭をそっと撫でる。


「ク~ン」


 すると、何とも可愛らしく、小型犬のようにその手にすりすりと顔をこすりつけながら、野太い声で甘えるタマちゃん。確認した結果、どうやら(メス)らしい。


「たしかに可愛いしいい子だが、さすがにシェパードだからな。一応首輪も鎖もしてみたが、これが野放しだったと思うと少し怖いぞ」


 この子の家も俺の家もペット禁止のマンションなので当然飼うことができず、しかしそのまま保健所には連れていけない。誰かに見つかってもまずい。

 ということで、一応念のため河川敷の橋下、目立たないところに見つけた小さな小屋にホームセンターで買ってきた首輪と鎖で繋いでいるのだが、正直これも不安だ。犬の性格がとても穏やかで咆えたり噛んだり全くしないどころか、どうみても雰囲気は猫のタマちゃん然としているため今のところこれで何とかなっているが、万が一のことを考えると早く誰かに引き取ってもらうべきだろう。


「おじさん」

「クう~ン」


 そんなことを考えながら言った俺に、ちびっ子とタマちゃんは二人して何か言いたげな目を向けて来る。……いや、こいつらが悪いとは言ってないぞ? ただ、


「そんな目で見られても、飼えないものは飼えないし、ダメなものはダメだ。本当は今こうしているのだって法の下では悪いことだ。俺達にとってもこの犬にとっても、早く本当の家族を探してやることが一番、幸せにつながるはずだ」


 ちびっ子はタマちゃんに対して愛着や離れ難さがあるのかもしれない。タマちゃんにだって、あるのかもしれない。無論、俺にだってある。一週間も一緒にいれば当然、愛着だって湧く。それでも、今の状況が誰かに見つかればこの犬は殺処分されてしまうかもしれない。この犬だけではなく、このちびっ子だって怒られてしまう。いや、怒られるのはいいのだが、この犬が目の前で保健所に連れていかれるところを見て、きっと深く傷つくはずだ。救えなかったという後悔はきっと残り続ける。

 だからこそ、難しいし厳しいことかもしれないが、それでも早く……一刻も早く、この犬の飼い主を見つけなければならない。


「うう……うん、そうだよね」

「ク~ン」


 渋々といった様子だが、二人……二匹? 一人と一匹とも納得した様子。

 そんな二人に苦笑しつつ、


「それにしても。お前、どこから来たんだ? さすがに純粋なシェパードをそのまま捨てるというのも中々だぞ? 逃げ出してきた……にしては首輪もなかったし」


 あらためてタマちゃんを隅々まで観察しながら、「うーん」と首を傾げて見せる。


「わたしが見つけた時にはもうこの場所にいたから、それまでのことは分かんない。でもその時からお手もお座りもできたよ?」

「そうか。……それはいいが、あんまりむやみに野良犬とか野良猫とかに近づくなよ。今回はたまたまタマちゃん……いや、ギャグじゃなくて。たまたま、タマちゃんが温厚で人に慣れていたから無事だったが、中には噛んだりする犬とかもいる。気を付けろ」


 説教臭く言うと、ちびっ子は「はーい」と分かっているのかいないのか分からない調子でピーンと手を挙げて見せる。それに続いてタマちゃんも「クーン」とお手をした。

 ……まったく。

 犬のお巡りさんは大変だ。



 それから数日間、同じようにタマちゃんの飼い主を探した。

 しかし一向に飼ってくれる人が見つかる気配もなく、ただただ俺のお小遣いがドッグフード代へと……ついでに飴玉代へと消えていくばかりだった。


 そんなある日。

 以前訪れた保護犬施設の人から電話があった。施設を訪れて早々、俺のこの赤い髪を見て顔をしかめていた北本さんは、しかし帰りがけには好意的に受け入れてくれて、こうして連絡先を教えてもらえるほどには親しくなった。やはり子供を連れている効果は絶大だ。


「もしもし、一色くん? この前のシェパードの件でなんだけど、時間あるかしら?」

「はい、お久しぶりです一色です。お忙しい中ありがとうございます」

「いいのよいいのよ、こっちだってこれが活動なんだから。ごめんなさいね、本当はその子もここで保護できたらよかったんだけど」


 大人の社交辞令として言ってくれているのだろう。保護施設が公に住所を後悔していないのは、飼い主が勝手に押し付けていくようなことがないようにというのもあるが、それだけでなく、こうして野良犬や野良猫を好き勝手に保護して来ては無責任に押し付けられるような行為を防ぐためでもある。憐れみや善意のつもりで保護したとしても、自分で責任を持てないのであればそれは捨てた飼い主たちと何も変わらない。……そういうことを、街中を走り回ってやっと見つけた一つ目の保護施設のスタッフの人から伺った。だからおそらく北本さんのそれは『うちじゃ引き取れないからね』という、優しい言葉遣いの裏にちょっとした牽制があるのだと分かる。もちろん、すべての野良犬・猫に対して『助けたい』という思いは誰もが同じだ。そうでなければこうして電話などくれない。


「それでなんだけど、実はその子の写真を見て引き取りたいって言う方がいて――」



「お忙しい中ありがとうございました。気持ちが固まり次第すぐにお電話します」


 北本さんの話を聞き終えた俺はそう言って相手の電話が切れるまで待った後、ツーツーという音が聞こえた辺りで通話を切った。


「……おじさん」

「……クう~ん」


 電話を終えた俺に、ちびっ子とタマちゃんが何とも言えない目を向けて来る。


「ああ、そういうことだ。とりあえずだが、お前の引き取り希望が現れた」


 二人……というか一人と一匹の言いたいことは分かっている。だが、何度も言うようにこのままずっとここで飼うわけにもいかない。新しい飼い主を見つけその人にこいつの幸せを託す。それが一番誰にとっても正しい選択だ。……ただ、


「まあ、少し返事は待たせてもらっている。お前たちの気持ちを蔑ろにするわけにはいかない」


 子供と犬にするには難しい言い方かもしれないが、これもまた俺の正直な気持ちだった。この犬を保護したのはこのちびっ子だ。いくら引き取り希望が現れたからと言って、勝手に俺が「ではお願いします」と言うわけにはいかない。


「おじさん……」

「……お前の気持ちは分かる。先方もそこには理解を示してくれた。だから一旦その引き取り主に会って人柄や飼育環境を確認した後、こいつの将来を考えた上で、答えを出すように提案してくれた」


 そこから、言葉を選ぶように、決して無理矢理に正しさを押し付けないように、俺は出来る限り誠実なつもりで、言った。


「それで、いいか?」


 しばらくの逡巡の後、少女はコクリと頷いた。



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