愛しい日々は戻らない(2)
「ほらほら、ケーキ食べようよ、ケーキ!」
「待ちなさい。いま均等に切り分けるから」
「ちょっ、まさか古谷が切り分けるつもりなのか?」
「なっ、何ですかその言い方は⁉ 心外です!」
「いやあ~、安桜センセの心配は正当なものだと思うよ~? 友美ちゃん、悪いことは言わないからその左手に持ってる凶器、そっと置こ?」
「ね、姉さん。もう少し言い方を――」
少々のアクシデントによりそんなゴタゴタとしたやり取りはあったものの、最終的に杉原がホールケーキをきっちり六等分し、拗ねてしまった古谷のご機嫌を取り戻すのは苦労したが、それでも私の分のケーキを半分譲ると提案すると、すっかりさっきのことを忘れてニコニコ笑顔で落ち着いた。
そして、
「それじゃあ、あらためて! 安桜先生、お誕生日おめでとうございま~す!」
『おめでとうございま~す!』
杉原の掛け声に続いて、みんながそれぞれジュースの入ったコップを掲げてみせる。
「ありがとう、みんな。とても嬉しいよ」
照れくささもあったがそれでもやはり感謝していることに変わりはなく、私は素直に心のままに礼を言う。
「ふふ、さあケーキ食べようよ! お楽しみのケーキだよ!」
「まったく……。あんたはそればっかりね」
「そんなこと言いながら、本当は一番ケーキ楽しみにしてたのトモちゃんじゃん。よだれたれてたよ?」
「っんば⁉ ほ、ほんとに……?」
おずおずと、心配そうに杉原の顔を覗き込む古谷。
「……ん? 嘘だけど?」
「こんのっ――」
「ほらほら~、あーんして紗月ちゃん。あーんだよ」
「ちょっ、ね、姉さん。世話を焼いていただかなくても、自分で食べるくらいできます」
「ええ~、そんなこと言わずにやろうよ、あ~ん♪ ほら、あ~ん」
「っん……あ、あ~」
――パク
「ん~……ふふっ、うっそ♪」
「え? ま、まさか……」
恥ずかしそうに口を開けていた天ノ目は、パクパクと金魚のように何もない空気を噛み締めて――
……まったく。
一切れの半分になったケーキを惜しみ惜しみしながらちまちまと食べつつ各々の様子を眺めていると、何とも言えない微笑ましさとともに呆れたようなため息が漏れる。
ケーキ一つ食べるだけで、よくもまあこれほど騒がしくなれるものだ。
けれど、この騒がしさや温もりこそ、幸せの一つの形なのだろう。幸せというのは今この瞬間ではなく、いつか振り返って見返したときの、あのひと時を言うのかもしれない。
「っ……!」
そう思えた拍子、胸が締め付けられるような痛みがあった。じんわりと温かいそれは体の奥からふんわりと、大切な人に抱きしめられたときのように、この身の端まで包み込む。
「ふふっ」
――君はバカだな。
苦笑と共に悪態突きながら、ふいに漏れ出た涙をそっと拭う。
だってそうだろう?
こんなにも愛しい彼女達を、悲しませてしまったのだから。
君は間違っていた。
幸せになってこそ、人生を送る意味がある。
『君は幸せになれたかい?』
この問いかけに、果たして彼は何と答えるだろうか。
……ああ、きっと彼なら――
『宗教の勧誘なら間に合ってます』
ッ……ふふっ。
想像して、そのあまりの彼らしさに笑ってしまった。
まったく、本当にバカだな。そういうところが大好きだ。
でも、
やっぱり私は、この場に君がいてほしいと思うよ。
……なんてな。
そんな未練がましい思いを冗談めかすように、ふっと頬を緩めて見せる。そして、
「なあ、そう思わないかい?」
そう言って、私は六人目の……いや、一犬目というのだろうか?
部屋に入った時から天ノ目の傍にいて、姉とイチャつき始めた辺りで何かを察したのか、何とも人間臭くそっとこちらにやってきたその犬に問いかけた。
すると、彼はぺろりと皿の上のショートケーキを食べ終えて、
「――ワン!」
「ちなみに、この犬は何という名前なんだ?」
「ん? あっ! ……ふふっ、きっと驚くよ~」
ふと尋ねた私に、それまで古谷とわちゃわちゃと戯れていた杉原はさももったいぶった様子でふふふと間を溜めて、
「この子はメメちゃんの愛犬の――」
――天ノ目カオル




