表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きみが未来を知らないなら  作者: 鷹雄アキル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/18

第14話 なくした未来

◇TIME: 20:05


高架下を抜けた瞬間、風の質が変わった。


嫌な予感だった。

雨雲でもない。

追手の気配でもない。


もっと根本的な何か。

まるで、この先の景色そのものが「ここで終わりだ」と告げているような圧迫感。


五叉路へ出た瞬間。

俺は思わずブレーキを握った。


「……っ!」


ルーが息を呑む。

交差点を囲むように、人が立っていた。


黒いレインコート。

無表情な顔。


一人や二人じゃない。

十人。

二十人。

三十人。


高架の上。歩道橋。ビルの屋上。

視界に入るだけで数十人。

逃走経路は、すべて塞がれていた。


そして、その中心。

点字ブロックの上に富田が立っていた。


傘も差さず。

まるで最初からここに存在していたかのように。

雨粒が肩を濡らしているのに、その姿だけが不自然なほど静かだった。


「来たな」


穏やかな声。

怒りもない。憎しみもない。

ただ確認するような口調。


「予測誤差、〇・〇二パーセント」


富田は端末を見た。


「優秀だよ、君たちは」


大型ビルの壁面が光る。

次の瞬間。

俺たちが捕まる映像が映し出された。


逃げる。

捕まる。

転倒する。

拘束される。


何度も。何度も。何度も。


別角度から。別経路から。別時間から。

すべて同じ結末。

まるで死刑宣告だった。


「な……」


言葉が出ない。

富田は淡々と言う。


「三千四百二十六通り」

「君たちが逃走した場合の未来だ」


端末を操作する。

映像が切り替わる。


高架下。地下通路。河川敷。高速道路。

あらゆるルート。あらゆる選択。

その全部が捕縛で終わっていた。


「人は自由を信じたがる」


富田が微笑む。


「だが実際には違う。選択肢が存在するように見えるだけだ」


ルーの身体が震えた。


「そんな……」


彼女の声はかすれていた。


「全部……視えてるの……?」

「もちろんだ」


富田は即答した。


「君たちが次に話す言葉も」

「次に選ぶ道も」

「その後の行動も」

「すべて」


その瞬間。

ルーが小さく息を呑む。


「……っ!」


俺には分かった。

彼女が予知を視たんだ。

そして、視てしまった。富田の言葉が真実だという未来を。


背中に回された腕が震えていた。


「わたし……」


ルーが掠れた声で言う。


「予知の中に引き戻されてる……」


雨が強くなる。

空が唸る。


「彼は……未来を読んでるんじゃない」


ルーの瞳が揺れていた。


「未来そのものを……閉じてる……」



◇TIME: 20:37


「視えない現実に、意味などないんだよ」


富田の声は静かだった。

けれど、その一言だけで空気が凍りつく。


「お前たちが選んだのは自由じゃない」


雨が肩を叩く。


「ただの誤差だ」


富田が手を上げる。

ビル壁面の映像が再び切り替わった。

そこには、俺とルーの姿。


離ればなれになる未来。

俺が記憶を失う未来。

ルーが独りになる未来。

何百通りもの絶望。


「未来とは可能性ではない」

「淘汰の結果だ」

「意味のない分岐は消える。だから消去する」


その瞬間。

周囲の追跡者たちが一斉に前へ出た。


逃げ場はない。

完全包囲だった。


ルーの身体が震える。


「だめ……何も……視えない」


雨に濡れた指が俺の服を掴む。


「未来が……なくなっちゃった……」


予知者である彼女にとって。

それは死より怖いことだった。

泣きながら背中にしがみつく彼女を、富田がおかしそうに見て、笑った。


俺は、彼女の震える手を握り、そっと伝えた。


「……意味のないもので、いい」

「え……?」

「意味なんて、あとから俺たちがつければいい。ルーがここにいてくれる。それだけで、俺にとっては十分すぎるほどの意味があるんだ」


ルーが、ヘルメットの下で小さく息を呑む。

涙で声が滲んでいた。


「……こわかった。だから、あなたの背中だけを見ていた。きっと“終わり”が視えてしまうって、思ってたから」


言葉が、涙を越えて溢れ出てくる。


「でも、今わかった。未来に書かれてなくても、記録されなくたって、あたしは……あなたを愛してる。それが、あたしの選択」


背中に、彼女の熱い吐息を感じた。

その瞬間、俺たちの未来は、確かに“今”この場所に存在していた。


「……俺もだ」


俺は短く、けれど力強く返す。


「断片に残らなくてもいい。記録にならなくてもいい。予知に測れなくても、俺は──今、君を愛している」



◇TIME: 20:43


富田の腕が振り下ろされる。


「終了処理を開始する」


その声を合図に。

追跡者たちが一斉に動いた。


前方。左右。後方。

すべて塞がれる。

終わりだった。


誰が見ても。どんな未来を視ても。

ここで終わる。

――そのはずだった。


「ルー」

「……うん」


俺はアクセルを握る。


前には富田。

左右には追跡者。

後ろには封鎖車両。


逃げ道はない。

だから。

前へ行く。


「しっかり捕まってろ」


エンジンが唸る。

富田が眉をひそめた。


「無意味だ」

「そうかもな」


俺は笑う。


「でも、それを決めるのはあんたじゃない」


アクセル全開。

バイクが弾丸のように飛び出した。


富田へ向かって。

真正面から。


「馬鹿か!」


追跡者が叫ぶ。

富田だけが動かなかった。


いや。

動けなかった。


予知に存在しない。

その選択だけが。

彼の理解を一瞬だけ置き去りにした。


次の瞬間。

ルーが叫ぶ。


「右っ!!」


俺は反射で車体を倒した。

横から飛び出した追跡者の腕が空を切る。

スレスレだった。


ガードレールを擦る。

火花が散る。

転倒寸前。

それでもアクセルは戻さない。


「掴まってろ!!」


雨。

轟音。

水しぶき。

心臓の鼓動。


全部が混ざり合う。

そして。

富田の横を通り過ぎる瞬間。


ビル壁面に映っていた未来の映像が砕けた。


ノイズが走る。

捕まる未来。失う未来。決められた未来。

そのすべてが崩れていく。


「あり得ない……」


富田が初めて表情を変えた。


「そんな未来は――存在しない」

「だからだよ」


俺は振り返らずに叫ぶ。


「存在しない未来を選ぶために、俺たちは走ってるんだ!」


雨の向こうへ。

誰も知らない夜の向こうへ。


俺たちは駆け抜けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ