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きみが未来を知らないなら  作者: 鷹雄アキル


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18/18

最終夜 君が未来を知らないなら

◇TIME: 20:52


 風が頬を叩く。


 遠くで富田の絶叫が雨音に溶けていく。


「俺には視えていた! この未来は、確定していたはずなんだ!」


 その叫びはもう、雨音の向こう側へと遠ざかっていく。


 俺たちは抜け出した。


 誰にも記録されない時間へと。


「……今、“構造”を越えたみたい……」


 ルーの声が、背中に触れる。


 震えている。


 その震えは恐怖ではなく、希望の色をしていた。


「分からない」


 俺は息を吐き、ただ前だけを見た。


「だから自分で決める」


◇TIME: 04:42


 街の灯りが、ゆっくりと後ろへ消えていく。


 ビルの群れ、構造の塔、断片の拠点。


 そのすべてを置き去りにして、俺たちはただ、夜明けを目指していた。


 海岸線に沿ったワインディングロード。


 昇り始めた太陽が、穏やかな波に光を落としている。


「ねえ……どこまで行くの」


 背中から、ルーの優しい声が聞こえる。


「行けるとこまで」


 ルーが、俺の背中にそっと頬を預けた。


「予知のない世界なんて、少し不安で……でも、すごく素敵」


 俺はハンドルを握る手に、そっと力を込めた。


 たとえこの先に何もなくても、この“今”を、彼女と生きている。


 それだけで十分だった。


 スマホが震えた。


 ルーが俺のジャケットのポケットから器用にそれを取り出し、画面をタップする。


「ひまわりからだ」


 彼女がメッセージを読み上げる。


《とても興味深いものが見れて楽しかったわ。私が責任をもって記録しておくから。今から二人は“反逆者”……ううん、“離脱者”として登録しておく。また、どこかの公園で会いましょう。~ひまわり》


 俺とルーは、声を出して笑った。


◇TIME: 04:47


 空が新しい一日を選び始めた。


 夜明けの光が、目の前の世界を満たしていく。


 海に朝日が揺れていた。


 蝉の声は消え、代わりに遠くで海鳥が鳴く。


 朝焼けが、まだ何も描かれていない俺たちの明日を、静かに照らしていた。


 バイクを止める。


 ルーがヘルメットを外し、朝の風に髪をなびかせた。


「きれい……」


 彼女は眩しそうに目を細めた。


「こんな景色、予知になんてなかった」


「ああ」


 俺は彼女の手を握る。


「だから、見られたんだ」


 ルーが微笑み、俺の手を強く握り返した。


 生まれたばかりの朝の光が、ふたりを優しく包んでいた。


「ねえ、ルー」


「なに?」


 ルーが俺を見上げる。


「……いや、なんでもない」


 ルーが、小さく笑った。


 俺も笑った。


【エピローグ 例えば夏の終わり】


◇TIME: 17:52(いつか、夏の終わりに)


 波の音だけが、等間隔に規則正しく繰り返されている。


 あの夜明けから数日しか経っていないのに、逃げ回っていた日々が、まるで他人の記憶みたいに遠い。


 海沿いのダイナー。


 グラスの表面を滑り落ちた水滴が、テーブルに小さな染みを作った。


 ルーは窓際の席で、ただぼんやりと外を眺めている。


 肌に触れる光は、もう真夏の暴力的な熱を失っていた。


 傾きかけた西日が、彼女の灰色の髪を淡く透かしている。


 あの日以来、富田を見ることはなかった。


 未来を追い続けるのか。


 それとも、どこかで立ち止まったのか。


 もう、俺には関係ない。


「ねえ、薫」


「ん?」


「未来が見えなくなっても、困らないね」


「ああ」


「だって、明日は自分で見に行けばいい」


 ルーが笑う。


 その笑顔は、どんな予知よりも確かな“今”の証だった。


 夏の終わりの風が、ふたりの間を通り抜けた。


 未来は、もう誰にも視えない。


 だからこそ、どこまでも自由だった。


 例えば──夏の終わり。


 もし、君が未来を知らないなら。



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