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5話:Shall we デート?⑤



ーーーーー



 観覧車を降りた椿と誠吾は、混乱する人々をかき分けながら現場へと急いだ。


「キャアアアッ!!」


 悲鳴が響く。その中心には、一人の男がいた。


 黒ずくめの服に身を包み、手には小刀。そして、その刃先は震える女性の喉元に押し当てられている。


「近寄るな! 誰か一歩でも動いたら、この女を――!」


 暴漢の怒号が響き渡る。周囲の客たちは、息を呑んで後ずさるしかなかった。


 遊園地の楽しい雰囲気は一変し、張り詰めた空気が漂う。


 椿は眉をひそめ、誠吾と一瞬目を合わせた。


(どうする……?)


 誠吾はじっと暴漢を観察する。目は血走り、手の震えが大きい。極度の興奮状態にあるようだ。迂闊に刺激すれば、取り返しのつかないことになるかもしれない。


 そんな中、椿が一歩前へ出た。


「待って」


 椿の声は、驚くほど落ち着いていた。


 暴漢の視線が椿に向く。


「……何だ、お前……!」


「落ち着いて。誰もあなたを傷つけようとはしてない。だから、その人を放してください」


「ふざけるな! こっちはもう後戻りできねぇんだよ!」


 男はさらに小刀を押し当てる。女性の目には恐怖が浮かんでいた。


「そうやって追い詰められてるのに、どうしてそんなことをするの?」


「……うるさい!」


 暴漢が吠える。しかし、椿の表情は変わらない。むしろ、彼の心の奥底を見透かすような瞳をしていた。


「……一体なんでこんな事をしたのですか?」


「……どうでもいいんだよ……俺は昨日ここで振られたんだ。しかも、女は浮気をしていたんだ。結婚まで約束していたのにあの女は……」


 女性を握る力が強くなってきた。


「俺がこんなに苦しんでいるのにここに居る奴らはわいわいと楽しんでやがる。ここに居る全員を恐怖のどん底に送ってやるよ」


 暴漢は小刀を女性めがけて振り下ろそうとした。


 その瞬間――


「――今だ」


 誠吾は手に持っていた小銭を暴漢の手に向けて投げた。


「痛っ――!?」


 暴漢は小刀を地面に落とした。

 

 誠吾はその隙を逃さず、風が吹いたかのような速さで暴漢を地面に押さえつけた。


「ぐあっ……!!」


 周囲から歓声とどよめきが起こる。


 解放された女性は、涙を浮かべながら椿にすがりついた。


「ありがとう……! 本当に……!」


「大丈夫……もう安心してく」


 椿はそっと彼女の肩を抱いた。


 一方、暴漢は完全に動きを封じられ、抵抗する気力を失っていた。


「くそっ……何なんだ、お前ら……」


 彼の呟きを聞きながら、誠吾は静かに目を伏せた。


(……本当に、何なんだろうね。僕は……)


 ふと椿が誠吾の方を見て、微笑んだ。


「ありがと、せいちゃん。助かったよ!」


 その笑顔に、誠吾は小さく肩をすくめる。


「……どういたしまして」


 それ以上の言葉はなかった。


 しかし、その胸の奥にわずかな違和感を覚えながらも、誠吾は何も言わずにその場を収めたのだった。




―――――




 その後、暴漢は警察に引き渡され、騒ぎは収束した。遊園地のスタッフや警備員が駆けつけ、現場の整理が進められる。


「本当にすみませんでした……お客様がたにご迷惑をおかけしました」


 スタッフが頭を下げる。椿は首を横に振った。


「いえ、無事で何よりです」


 誠吾も静かに頷いた。しかし、彼の視線は遠くを見ているようだった。


「せいちゃん?」


 椿が不思議そうに見つめると、誠吾はすぐに笑顔を作る。


「いや、何でもないよ。さ、もう少し遊ぼうか?」


 椿は少し考えたあと、小さく笑った。


「……そうだね」


 二人は再び歩き出した。


 事件の余韻は残っていたが、少しでも楽しい時間を取り戻したい。そんな思いが、二人を次のアトラクションへと向かわせた。





―――――




  夕暮れが遊園地をオレンジ色に染める頃、二人は観覧車の近くのベンチに腰掛けていた。


「今日は、色々あったな」


 椿がぽつりと呟く。


「うん……でも、楽しかったよ」


 誠吾の言葉に、椿はふっと笑う。


「ふふっ、せいちゃん、ジェットコースターであんなに驚くなんて思わなかったな」


「……それは言わない約束でしょ」


 誠吾が苦笑する。


 二人はしばらく、穏やかな夕暮れの光を眺めていた。


「……せいちゃん」


「ん?」


「もし、またこういう事件に遭遇したら……せいちゃんは、助ける?」


 誠吾は少し考えた後、ゆっくりと答えた。


「……うん。きっと、また助けると思う」


「そっか」


 椿は微笑む。


 しかし、その目にはどこか複雑な色が宿っていた。


(せいちゃん……何か隠してるよね)


 誠吾は今、ただの料理人として働いているはず。だが、あの動きは、どう考えても普通の人のものじゃない。


 今すぐ問い詰めるのは違う気がした。


(……もう少しだけ、見ていよう)


 そう決めて、椿は再び誠吾に微笑んだ。


「さて、そろそろ帰ろうか」


「うん!」


 二人は立ち上がり、遊園地の出口へと向かう。


 夕日が、二人の影を長く伸ばしていた――。



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