5話:Shall we デート?③
―――市場の外れ・細い路地―――
市場を歩き回った後、少し人の少ない場所で休憩しようと、椿と誠吾は路地裏の小さな茶屋に立ち寄ることにした。
「ここ、穴場だよね」
「うん。小梅と来たことがあるのだけれど、静かで落ち着くんだ」
椿がそう言いながら店の奥へ進むと、誠吾はふと彼女の言葉に引っかかった。
「……小梅ちゃんと?」
「そうだけど?」
椿が首をかしげる。
誠吾は微妙に引っかかる感情を覚えつつも、特に深くは突っ込まず、二人で並んで腰を下ろした。店主のおばあさんが運んできた湯呑みを手に取り、一口啜る。
「……ん」
椿が静かにお茶を飲む。その横顔を、誠吾はじっと見つめた。市場ではどこかそわそわしていた彼女も、今は心なしか落ち着いているように見える。
(こうしていると、椿は軍人には見えないよね……)
いつも凛としていて、どこか隙がない彼女。しかし、こうしていると年相応の普通の少女に見えた。
そんなことを考えていたとき――
「……あっ!」
突然、椿の体がぐらりと傾いた。
足元の石畳のわずかな段差に気づかず、バランスを崩した彼女は――
「っ……!」
そのまま、誠吾の胸元へ倒れ込んだ。
ふわりと彼女の髪の香りが鼻をくすぐる。誠吾の腕に、しなやかで柔らかい感触が伝わってきた。
「…………」
誠吾はしばし固まる。思いがけない急接近に、頭が真っ白になった。
一方の椿も、一拍遅れて自分の状況を理解し――
「――――っ!!?」
瞬間、顔を真っ赤に染めた。
「ご、ごめんなさい!!」
慌てて体を起こそうとするが、焦りすぎて逆に手元が狂い、誠吾の腕にしがみついてしまう。
「ちょ、ちょっと待っ――」
「~~~~っ!!」
パニックになった椿は、勢いよく誠吾の腕から飛び退こうとするが――
「わわっ――!」
今度は背後の柱にぶつかりそうになり、誠吾が反射的に手を伸ばした。
「椿ちゃん、危ない!」
間一髪、誠吾の腕が彼女の腰を支える。
しかし、そのままの勢いで椿の体がぐるりと回転し――
「……ん?」
気がつけば、椿の両手は誠吾の胸に、誠吾の手は彼女の腰に回っていた。
まるで抱き合うような体勢。
至近距離。
椿の瞳が驚きに見開かれ、その頬はさらに赤く染まっていく。
「…………」
「…………」
時間が止まったかのように、二人は動けなくなった。
(……こ、これはまずい……!!)
(な、なにこの状況……!?)
椿は完全に思考が停止し、誠吾もまたどうしていいかわからない。
そして――
「あらあら……」
ふいに、茶屋の店主のおばあさんが微笑ましそうに声をかけてきた。
「若い二人は仲がよろしいねぇ。でも、ここはそういうお店じゃないよ?」
「ち、違います!!!?」
椿は大慌てで誠吾から飛び退き、顔を両手で覆った。
誠吾も苦笑しながら、そっとため息をつく。
「……とんだハプニングだったね」
「~~~~っ!! 忘れて!! 今のは全部忘れて!!」
「無理じゃないかな……?」
「うぅぅ……!!」
恥ずかしさで今にも蒸発しそうな椿。
誠吾は困ったように微笑みつつも、そんな彼女の反応がどこか微笑ましく思えてしまうのだった――。
―――――
「あはは、色々大変だったね……」
「もう、あんなことは二度とないからね!」
必死に言い張る椿だったが、顔の赤みはまだ完全には引いていなかった。
誠吾は、彼女のそういうところも可愛いなと思いながら、何気なく次の行き先を考える。
「次はどこに行く? 特にないなら、僕の行きたい場所があるんだ」
「特にないよ。せいちゃんが行きたい場所ってどこかな?」
「僕の行きたい場所かぁ……遊園地とか行ってみたいかな? よく話で聞いたりするけど、行ったことがなくて」
誠吾がそう言うと、椿は驚いたように目を丸くした。
「え、遊園地行ったことないの?」
「うん、子どもの頃はそんな余裕なかったしね」
誠吾は苦笑する。
「じゃあ、そこに行こう! 列車に乗って少ししたら行けるよね」
「……いいの?」
「せいちゃんが行きたいなら、行くに決まってるでしょ!」
椿は嬉しそうに笑う。その笑顔があまりにも眩しくて――
(……これは、また何かが起こりそうな気がするな)
誠吾はそんな予感を覚えながらも、彼女とともに遊園地へ向かうことにした。




