5話:Shall we デート?②
―――第三駐屯地・寮前―――
朝の柔らかな日差しが駐屯地の敷地を照らし、静かな風が吹き抜ける。
椿は寮の前で、落ち着かない様子で立っていた。
「……うん、大丈夫、大丈夫……」
自分に言い聞かせるように、そっと深呼吸をする。
昨日の夜、悩みに悩んで決めた服は、白地に紺の細かな模様が入った袷に、落ち着いた色合いの羽織を合わせたもの。足元は履き慣れた草履ではなく、少し動きやすい編み上げの靴を選んだ。
(……うん、悪くはないはず)
いつもの軍服とは違う、普段着姿の自分。
何となく落ち着かない。だが、これが最良の選択だったと思いたい。
「椿ちゃん、緊張しすぎじゃない?」
後ろから、部屋着姿の小梅がひょこっと顔を出した。
「ち、違うよ……! 私は普通よ、普通!」
必死に平静を装うが、小梅は「ふぅん?」とニヤニヤしながら椿を眺めていた。
「へぇ~、そうなんだ? でも、何度も鏡見てたし、服の裾を直したりしてたし、いつもよりそわそわしてるし……」
「う、うるさい……!」
小梅の指摘が図星すぎて、椿は思わず顔を背けた。
(だって、今日は……)
特別な日。
幼馴染と出かけるだけ、そう言い聞かせていたのに、どうしても意識してしまう。
――今日は、誠吾と二人きりで出かける日。
「おはよう、椿ちゃん
落ち着いた声が聞こえて、椿は反射的に顔を上げた。
「お、おはようございます。せ……鬼切さん」
そこには、いつものシャツではなく、黒の羽織に白の襦袢、そして紺の袴を身につけた誠吾の姿があった。
彼の普段着姿を見るのは初めてだったが、思いのほか自然で、いつもより柔らかい印象を受ける。
(……格好いい)
その感想がふと頭をよぎり、慌てて打ち消した。
「今日はよろしく!」
誠吾は穏やかに微笑みながらそう言う。
その笑顔がまぶしくて、椿は思わず視線を逸らした。
「う、うん……! こちらこそ」
自分でもぎこちない返事になったと分かる。
「じゃあ、行こうか」
「……うん」
誠吾が歩き出し、椿は彼の後を追うように並んで歩く。
駐屯地の門を抜け、町へ向かう道を進んでいく。
「いってらっしゃーい! 二人とも楽しんでね!」
後ろから小梅の茶化すような声が聞こえたが、椿は振り向かずに早歩きになった。
誠吾と並んで歩くたびに、心臓の鼓動が少しずつ早くなるのを感じながら――。
―――町の市場―――
町に着くと、すでに市場は賑わっていた。
活気のある掛け声、店先に並ぶ果物や野菜、焼き立てのパンの香ばしい香りがあちこちから漂ってくる。
「すごい賑やかね……」
「ここの市場は駐屯地の兵士たちもよく利用するからね。新鮮な食材が手に入るし、何より活気があっていい」
誠吾はどこか懐かしむように市場を見回した。
「椿ちゃんは市場によく来るの?」
「えっと、そんなに頻繁ではないけど……たまに来るかな。休みの日は自炊するし」
因みに小梅は料理ができない為、いつも椿が作っている。
「それなら、何か気になるものがあったら言ってね。今日はのんびり見て回ろう」
「……うん」
誠吾と並んで歩くだけで、なぜか少しそわそわする。
けれど、彼の言葉は自然で、気負うことなく市場を楽しめそうな気がした。
「あら、お嬢ちゃんたち、今日はおデートかい?」
突然、市場のおばちゃんが声をかけてきた。
「えっ……!? い、いえっ、違います!」
椿は慌てて否定する。
「いやぁ、仲がいいからてっきりそうかと思ったよ。ほらほら、仲良し記念に、このリンゴ飴をおまけしてあげるよ!」
にっこり笑うおばちゃんに押しつけられるように、リンゴ飴を渡される。
「え、えっと……ありがとうございます……」
戸惑いながらも受け取ると、誠吾がふっと微笑んだ。
「せっかくだし、食べようか?」
「え、あ……うん」
手にしたリンゴ飴を見つめながら、椿はどこか落ち着かない気持ちで、一口かじる。
甘い蜜が口の中に広がり、しゃりっとした食感が心地よい。
「……美味しい」
「それはよかった」
誠吾も同じようにリンゴ飴を口にする。
ほんのりとした甘い香りが、ふたりの間をふわりと包んだ。
(なんだろう……この感じ)
ふと、椿は思った。
騒がしい市場の中なのに、誠吾といると、不思議と心が落ち着いていく。
「椿ちゃん?」
「あ、ううん……なんでもない」
気づかれないように首を振る。
(なんでもない……うん、なんでもない……)
そう思おうとしたけれど、
誠吾といる時間が、なんだかとても特別なもののように感じてしまうのは、きっと――。
まだ、自分でも気づいていない想いが、少しずつ膨らんでいる証拠なのかもしれない。




