4話:見回りも立派なお仕事。⑩
氷室の堕鬼装甲が崩れ落ちる。
黒い霧が晴れていく中、彼は膝をつき、荒い息を吐いていた。
「……私は……一体、何を……」
虚ろな瞳が自分の手を見つめる。
その指先は震え、血と罪にまみれていた。
「……氷室さん、正気に戻りましたか?」
「……あぁ……私は……なんてことを……」
氷室は震える声で呟いた。
愕然とした色がその目に浮かぶ。
「……全部……全部、私のせいだ……!」
「何があったのか、話してください」
椿が優しく促すと、氷室は嗚咽を漏らしながら語り始めた。
「……私は、ただ……家族を守りたかっただけなんだ……」
拳を握りしめ、苦しげに顔を歪める。
「借金を抱えて……それでも、必死にやりくりしていた。でも、ある日——アイツが来た」
「アイツ?」
「……金色の装甲を纏った、アイツに……」
椿と小梅の目が大きく見開かれる。
氷室は喉を詰まらせながら、苦しげに続けた。
「『これを使えば借金を帳消しにしてやる』——そう言われて、私は藁にもすがる思いで力を手に入れた……だが……気がついたら、装甲が私の身体に食い込んでいた。そして、いつの間にか……私は、自分の意思とは関係なく人を襲っていたんだ……!!」
懐から黒色の勾玉を取り出し、震える手で握りしめる。
「私は……もう、取り返しのつかないことをしてしまった……こんな私は……生きてちゃいけない……!」
氷室が崩れ落ちそうになる——だが。
「償ってください」
椿の凛とした声が響いた。
「……っ」
「氷室さんは過ちを犯しました。でも、それを悔いているなら……その罪と向き合うべきです」
椿は真っ直ぐ氷室を見つめる。
「生きて、罪を償いましょう」
「……俺に……そんな資格が……」
「あります!」
椿の強い瞳が氷室の心を揺るがす。
その時——
——ズバァッ!!!
鋭い刃が一閃した。
「……っ!?」
氷室の身体がぐらりと揺れる。
胸元から鮮血が噴き出し——彼は膝をついた。
「——!?」
椿は息を呑む。
目の前には、血に濡れた刃を構えた銀白色の装甲が立っていた。
「……君たちは甘すぎる」
冷静な声が響く。
「人を襲い、罪なき者の命を奪った。たとえ正気に戻ったとしても——彼の罪が消えるわけではない」
「誰……?」
突然の出来事に椿や小梅は戸惑う。
すると——
「肩に刻まれた竜胆の紋章……特務隊の方ですね?」
飛鞠が静かに呟いた。
「特務隊?」
「特務隊っていうのは簡単に言えば、極秘任務を担当する部隊……いわゆる軍の精鋭だな。しかし、その特務隊の奴が、なんでここにいるんだ?」
蓮華が鋭い視線を銀白色の装甲に向ける。
「君たちに話す義務はない。これが特務隊の判断だ」
「でも——! 氷室さんは正気を取り戻しました! それをなんで……」
「……堕鬼装甲を装着し、人を喰らった者は、以後、飢えの苦しみに苛まれる。それは、いずれ人々に危険を及ぼす。そうなる前に——俺が処す」
氷室は血を流しながら、それでも微笑んでいた。
「……そう、だな……これが……私の……報い……」
椿は拳を握りしめる。
「竹さん……妻と子どものこと……よろしくお願いします……」
「氷室さん……っ!!」
竹と呼ばれた老人は、歯を食いしばりながら氷室の最期を見届けようとしていた。
「……最後に、言い残すことは?」
「……少しだけ時間をいいですか?」
氷室は紙を取り出し、サラサラと文字を書き始める。
「椿さん……これを妻に渡してくれないか?」
「……分かりました。でも、本当にこれでいいのですか?」
「いいんだ。このまま生きていても……いずれ他の人を襲うかもしれない。これ以上……」
「氷室さん……」
「……お手数ですが、介錯をお願いします」
「……貴方の犯した罪は消えない。どんな言葉を並べても、行き先は地獄……もう妻と子には会えない。俺も同じく殺しの罪を背負う……いずれ地獄で会いましょう」
振り下ろされた刃が、氷室を斬り裂いた。
「……これで……やっと……」
斬られたはずの氷室は、痛みを感じることなく、静かに息を引き取った。
「任務、完了……」
銀白の装甲は踵を返し、去ろうとする——だが。
「これが貴方の正義ですか……?」
椿の声が、その背を引き止める。
「つ、椿ちゃん……?」
「確かに、氷室さんは取り返しのつかない罪を犯しました。でも——生きて償う道もあったはずです! それを、貴方は……!!」
涙を流しながら、椿は銀白の装甲を睨みつける。
「……君は優しいな……優しすぎて、危うい。優しさだけでは、正義は成り立たない。人を救うには、優しさだけでは足りない。それを……肝に銘じておくように」
そう言い残し、銀白の装甲は姿を消した。




