4話:見回りも立派なお仕事。⑨
「蓮華さん、飛鞠さん……!」
椿が安堵の表情を浮かべる。一方、氷室は忌々しげに二人を睨みつけた。
「チッ……余計な連中が増えやがったな」
黒い霧を纏った堕鬼装甲が氷室を包み込み、殺意と悪意が倉庫内に満ちる。
「椿さん、小梅さん。ここは私たちに任せてください!」
飛鞠が冷静な声で武装を展開し、蓮華も腕を鳴らす。
「さーて、サクッと片付けるか!」
「邪魔をするなら——喰らい尽くすまでだ!!」
氷室が咆哮し、飛びかかる。それと同時に蓮華と飛鞠も動き出した。
——激突。
金属音と衝撃が響く。蓮華が剛腕を振るい、飛鞠が精密な攻撃を繰り出す。氷室は異常な俊敏さで応戦するが、その間に——
「お、お願いだ……話を聞いてくれ!」
椿の背後から、先ほどの老人が必死に声を上げた。
「貴方は……どうして?」
「氷室さんを殺さないでくれ!」
「でも、このままじゃ誰かが犠牲に……!」
「違うんじゃ……彼は好きでこんなことをしてるんじゃない……!」
老人は苦しそうに拳を握る。
「氷室さんは元々人格者で、皆に信頼されておった。だが、人の良さに漬け込まれ借金を肩代わりさせられたのじゃ」
「……」
「そこに目をつけたのが、維剣衆の者たちじゃ」
椿と小梅の表情が強張る。
「維剣衆が……?」
「彼らは氷室さんに言った。『堕鬼装甲の試験者になれば借金をチャラにしてやる』とな」
「そんな……」
「彼は家族を養うために、その言葉にすがるしかなかったんじゃ……」
老人は震える手で懐を探り、ひとつの小さなペンダントを取り出した。
「これは……?」
「氷室さんの家族の写真じゃ。彼がずっと大事に持っていた……。だが、最近はこれを見ようともしなくなってしまった……」
椿はそっとペンダントを受け取り、開いた。
中には、若い頃の氷室と妻、そして幼い子供が笑顔で写っていた。
「……」
「氷室さんは、あの頃の自分を忘れてしまったのかもしれん……。だが、本当は、まだこの心のどこかに……」
「おじいさん……」
椿はペンダントをぎゅっと握りしめ、戦場を見つめた。
その時——
ズガァァァン!!
戦闘がさらに激化する。蓮華と飛鞠が氷室を押さえ込むが、暴走は止まらない。
「ッ……!」
椿は拳を握る。
「……どうにかして、氷室さんを止めなきゃ」
「でも、椿ちゃんどうやって……?」
ドォォン!!
飛鞠が疾風のように駆ける。蓮華の輝く刃が氷室を襲う。
「はあああっ!!」
蓮華の一撃が氷室の膨れ上がった腕を裂くが、傷口から異様な瘴気が溢れ、すぐに塞がる。
「チッ……これじゃキリがない!」
「なら、力技でねじ伏せる!」
飛鞠が強烈な蹴りを放つ。
しかし——
「……うるせぇェェッ!!!」
氷室が咆哮し、飛鞠を弾き飛ばした!
「っ……ぐ……!」
飛鞠が転がるが、すぐに膝をつき、蓮華と視線を交わす。
「……確実に効いてる」
「もう少し……あと少しで——」
その瞬間——
「待って!!!」
椿の叫びが戦場を切り裂いた。
飛鞠と蓮華の猛攻を受けながらも、氷室はまだ燃える狂気の眼を向けていた。しかし、椿が胸元から取り出したペンダントを見て——
「……っ!!?」
氷室の動きが止まる。
「おじいさんが落としたものです。貴方のものでしょう?」
「これは……」
「貴方が本当に守りたかったものは何ですか?」
椿の問いに、氷室の表情が歪む。
「う、うるさい……!そんなもの……!!」
彼は頭を抱え、苦しげに呻く。しかし、堕鬼装甲はまだ暴走を続け——
「っ!!」
氷室が、再び椿に向かって拳を振り上げる。
「椿ちゃん!?危ない!!」
小梅の叫びが響く。
飛鞠と蓮華が動くが——間に合わない。
——ドォンッ!!
氷室の拳が、椿の目前まで迫る。
しかし——
「……っ!!!」
ギリギリのところで、その拳が止まった。
「……なぜ、避けなかった……!?」
「貴方は本当は、こんなこと望んでないはずだから……!」
椿は真っ直ぐ氷室を見つめる。
「奥さんと子供を守るために、この力を手に入れたんですよね?でも今の貴方は……守るべきものから一番遠ざかっている……!!」
「ぐ……ぅ……あああああっ!!」
氷室が頭を抱え、うずくまる。
堕鬼装甲の黒い霧が暴れ狂うように吹き荒れる。
「蓮華さん、飛鞠さん!!今のうちに!!」
「おう!!!」
「やります!!」
二人が一斉に氷室に飛びかかり、神威装甲の力で動きを封じた。
氷室はなおも抵抗するが——
「氷室さん……!」
椿がもう一歩近づく。
「もう、いいんですよ……。貴方は、十分に戦った……。これ以上、自分を傷つけないで……!」
椿の言葉に、氷室の瞳が揺らぐ。
「……俺は……俺は……っ」
堕鬼装甲の霧が、ゆっくりと薄れていく。
最後の抵抗のように、氷室は拳を握るが——
その手の中に、椿がそっとペンダントを握らせた。
「貴方が本当に守るべきものを、思い出してください。」
氷室の瞳から、一筋の涙がこぼれた。
そして——
堕鬼装甲が、静かに消え去っていった。




