4話:見回りも立派なお仕事。⑧
鋭い金属音が倉庫内に響いた。
椿の愛刀・紅陽が、氷室の鋭い爪と激突する。
堕鬼装甲に取り憑かれた氷室の指先は異形の刃と化し、不気味に光を放っていた。
「……普通の人間じゃないみたいね」
椿が冷静に呟くと、氷室は唇を吊り上げて笑った。
「普通の人間なら、食われる側さ」
言い終えるや否や、氷室は勢いよく跳躍した。
床を砕くほどの蹴りで、一瞬にして椿の頭上へと舞い上がる。
「ッ……!」
椿は即座に後方へ跳び、横薙ぎに一閃。
だが——
シュッ……!
氷室は空中で異様なまでに軌道を変え、爪で椿の刀を弾き飛ばした。
(空中で軌道を変えた……!?)
ただの怪力じゃない。
神経や筋肉の制御を異常なまでに高められている。
——まるで、鬼そのもの。
「小梅、気をつけて……コイツ、速い」
「うん……でも、見えないほどじゃないよ!」
椿と入れ替わるように、小梅が前に出る。
彼女は得意の神速の踏み込みで、一気に氷室との間合いを詰めた。
だが、氷室の動きはそれを上回る異常さだった。
「遅い遅い……!」
氷室は、まるで未来を見通したかのように小梅の太刀を紙一重でかわし、肘打ちを繰り出す。
「ッ……ぐぅ!!」
防御の間もなく、小梅の腹に鈍い衝撃が走った。
(読まれてる……!?)
「いい感じで柔らかい肉質だな。食べたらさぞ美味しいだろうな」
氷室の爪がギラリと輝く。
次の瞬間、彼は小梅の喉を掻き切るように手を振り抜いた——。
だが、その爪が届く前に、小梅の姿が消えた。
「……!」
氷室の爪が空を切る。
その直後、彼の背後から強烈な蹴りが叩き込まれた。
ドガァッ!!
「クッ……!」
氷室の体が吹き飛び、床を転がる。
蹴りを放った小梅は、着地しながらニヤリと笑った。
「あんた、動きが読めるんじゃなかったの?」
小梅は神速の踏み込みから一瞬だけ足を止め、次の動作をずらすことで氷室の先読みを欺いたのだ。
「……ああ、いいな……」
倒れたまま、氷室がゾクリと震える。
「もっと……もっと噛みごたえのある獲物になれ」
彼の瞳が、さらに赤く染まる。
——そして。
氷室の体が変化した。
バキバキバキ……!!
まるで骨が変形するかのように、彼の背が一回り大きくなり、筋肉が隆起していく。
爪がさらに伸び、牙がより鋭くなる。
(マズい……!)
堕鬼装甲に完全に浸食されようとしている。
「椿ちゃん、そろそろ限界かも!」
「……そうね」
椿は刀を構え、深く息を吸う。
次の一撃が、勝負を決める。
氷室は四足で床を蹴り、獣のように飛びかかる。
「喰らわせろォ!!」
その瞬間——
ヒュンッ!
小梅が再び高速で踏み込む。
氷室が小梅に狙いを定めた、その時ーー
椿が側面から紅陽を振り抜いた。
「そろそろお終いっ!」
ザンッ……!!
紅陽が氷室の首筋を斬り裂く。
同時に、小梅の蹴りが氷室の顎を撃ち抜いた。
「グ……ァ……」
氷室は、しばらくフラつき——。
ドサリ と倒れた。
沈黙。
倉庫内に、微かな血の匂いが漂う。
「……終わった?」
小梅が息を整えながら呟く。
椿は紅陽の血を払った。
「ううん……まだ」
倒れた氷室の体が、なお微かに震えていた。
「……中々しぶとい」
椿は、ゆっくりと刀を持ち直す。
「じゃあ、もう一度……終わらせる」
刀を振り下ろそうとしたその時——
「や、止めておくれっ!!」
離れたところから男の声が聞こえてきた。
「えっ、貴方はさっき鬼の事を知っているって言ったおじいさん?」
「後生の頼みだっ、氷室さんを殺さないでくれっ!!」
「でも……ここで氷室さんを討たないと……」
突然の乱入に椿と小梅が狼狽する。
「ぐ、ぐぁああああっ!!」
氷室の体が黒い霧のようなものに覆われた。
「し、しまった!!」
「阿呆どもが……そうそうに俺を打てばよかったものを……」
霧が消えるとそこには黒い堕鬼装甲を装着した氷室の姿があった。
「あちゃー、椿ちゃん。これは流石に不味いよね?」
「流石に生身の状態で装甲を相手にするのは……難しいかな?」
「氷室さんっ! 止めるんだ!! こんな事を続けていたら奥さんと子どもが……!!」
「黙れ黙れっ!! 俺は誰の指図も受けない!!」
氷室は雄叫びを上げた。
その圧は周囲を吹き飛ばすほどである。
「せめて、神威装甲があれば……」
椿が苦虫を噛み潰したような表情をしているとーー
「おい、新人たちっ! めん・たい・こはしっかりしろ!!」
「蓮華さん、それを言うならほう・れん・そうですよ。お二人ともご無事ですか?」
頭上から神威装甲を装着した蓮華と飛鞠が現れた。




