4話:見回りも立派なお仕事。⑦
―― 倉庫街 ――
夕暮れの街を歩きながら、椿と小梅は倉庫街へと向かっていた。
この辺りは商人たちの集荷場になっており、日が落ちると人通りも一気に少なくなる。
「……せいちゃん、なんでここが怪しいって言ったんだろうね?」
「うーん……勘って言ってたけど、やっぱり気になるよね」
二人は声を潜めながら、慎重に周囲を観察する。
「でも、確かに倉庫街は隠れ場所としてはうってつけかも」
「そうだね……」
歩を進めるうちに、ふと小梅が足を止めた。
「椿ちゃん、あれ……」
小梅が指さした先、一つの倉庫の扉がわずかに開いているのが見えた。
本来なら施錠されているはずなのに——。
「……何か音がする?」
椿は腰に手をやり、紅陽の柄を確かめる。
「とりあえず、慎重に行こう」
二人は息を殺しながら静かに倉庫へと近づき、中を覗いた。
——そして。
「……っ!」
倉庫の中に充満していたのは、強烈な 血の匂い だった。
その奥で、一人の男が何かを食べている。
白い商人服をまとい、肩を震わせながら——人間の肉 をむさぼっていた。
「……!!!」
二人は言葉を失う。
男の姿は、まるで鬼のようだった。
だが、禍々しい角や鋭い爪があるわけではない。
ただ、 目が真っ赤に染まり、狂ったように笑っている。
男は、ゆっくりと顔を上げた。
「……あぁ、お客様か」
口元には生々しい血がべっとりと付着している。
「ようこそ……俺の店へ」
その瞬間、椿と小梅は一気に身構えた。
——これが、堕鬼装甲に取り憑かれた者。
だが、それと同時に、小梅の頭の中にある名前がよぎった。
この男は——。
「……氷室陣五郎?」
「小梅、知ってる人?」
「東都で結構有名な肉商人で、人情に厚くて町の人々から慕われていた人のはずだよ」
しかし今、その姿は鬼そのものだった。
小梅が名を呼ぶと、男はゆっくりと目を細める。
「おや、俺のことを知っているのか?」
氷室は笑う。
だが、それは人間のものではなかった。
血に濡れた口元。赤く染まった瞳。
何より、異様な雰囲気が肌を刺す。
小梅は慎重に問いかけた。
「……氷室さん。あなた、自分の状況を分かっていますか?」
氷室は首を傾げる。
「自分の状況? もちろん、分かっているさ」
そう言って、彼は人の腕を放り投げた。
それが ‘食べかけ’ だったことに、椿たちは息をのむ。
「 俺は生きている。だから飯を食う。ただそれだけのことだろう?」
彼の笑みには、どこか狂気が滲んでいた。
「氷室さん……鬼に取り憑かれていますよ?」
「鬼?あぁ、そうだな」
氷室はゆっくりと立ち上がる。
「だがな、俺は満たされているんだ」
彼は 腹をさすりながら 、恍惚とした表情を浮かべた。
「 ‘飢え’ というものを知っているか? お嬢ちゃんたち」
「……?」
「空腹が満たされる瞬間の喜び・生きていると感じる、この幸福」
彼の声には、明らかに陶酔が混じっている。
「俺はようやく、本当に満たされたんだ」
「……っ!」
椿と小梅はゾッとした。
——こいつは完全に狂っている。
だが、同時に 違和感を覚えた。
「本当に ……?」
小梅の直感が警鐘を鳴らす。
——何かがおかしい。
氷室の言葉、表情、仕草……。
すべてが違和感の塊だった。
(まるで、自分に言い聞かせているみたい……)
そんな小梅の思考をよそに、氷室は一歩、また一歩と近づいてくる。
「さぁ…… お前たちも試してみないか ?」
血の匂いをまとわせながら、氷室はゆっくりと手を差し出した。
「この幸せを、お前たちにも——」
その瞬間。
「——申し訳ないですけど遠慮させてもらいます」
椿は刀に手をかけた。
これ以上、対話は不要。
戦うしかない。




