4話:見回りも立派なお仕事。⑤
―― 翌日・駐屯所 食堂 ――
朝の食堂はいつも通りの活気に満ちていた。
隊員たちが談笑しながら朝食をとる中、椿と小梅はカウンター席に座り、誠吾の作った朝食を味わっていた。
「ん~~! やっぱりせいちゃんのご飯は最高だねぇ!」
小梅は頬を膨らませながら、ご機嫌で箸を動かす。
「そう? それならよかった」
誠吾は穏やかに微笑みながら、厨房で皿を片付けていた。
一方で、椿はぼんやりと味噌汁をすすっていた。
昨夜、誠吾と話したことが、まだ心の中に引っかかっている。
(せいちゃんの言ってた “正義は人それぞれ違う” って……)
その言葉には、どこか重みがあった。
まるで長年、正義と悪の境界を見つめ続けてきた人間のような——。
「椿ちゃん、どうしたの? なんか考え事?」
「あっ、ううん……なんでもない」
誤魔化すように味噌汁をすする。
——と、そのとき。
バンッ!
食堂の扉が勢いよく開き、一人の隊員が駆け込んできた。
「隊長! 町で事件が発生しました!」
食堂がざわめく。
椿と小梅も驚いて顔を上げた。
東雲がゆっくりと席を立ち、隊員に向かって歩み寄る。
「詳細は?」
「はい、昨夜、第三地区の商業街で堕鬼装甲を装着した暴徒が暴れました! 被害者は数名、ただし死者は出ていません!」
「堕鬼装甲……!」
その言葉に、椿の眉がピクリと動く。
今、最も警戒すべき違法の装甲。
「暴徒は?」
「今朝方、すでに姿を消しており、現在捜索中です。しかし——逃走経路が完全に封鎖されていたにもかかわらず、忽然と姿を消しました」
「……妙だな」
東雲が腕を組む。
「とりあえず司令に報告しろ。俺たちも対応を考える」
「了解しました!」
隊員は敬礼し、そのまま司令室へ向かう。
食堂には重い空気が流れた。
誰もが、堕鬼装甲の脅威を改めて実感していた。
——そんな中。
「……ふぅん」
静かに息をつきながら、誠吾が皿を拭いていた。
その表情は、どこか落ち着きすぎている。
(せいちゃん……なんか、冷静すぎない?)
町で大事件が起きたというのに、彼はまるで「すでに知っていた」かのように動揺していない。
「鬼切さん?」
思わず名前を呼ぶと、誠吾は穏やかに微笑んだ。
「ん? どうかした?」
「……いや、なんでもない」
椿は視線を落とし、箸を置く。
だが、そのとき——
「この事件、多分商業街の裏手で起きたんじゃないかな?」
誠吾が何気なく呟いた。
「え?」
椿と小梅が同時に顔を上げる。
「暴れたのは堕鬼装甲でしょ? なら、多分、奴らが現れたのは商業街の裏手あたり……もしくは第二倉庫付近だと思うよ」
「……でも、まだ詳しい場所の情報は出てないのに……なんでわかるの?」
椿が問い詰めると、誠吾は一瞬、目を細めた。
だが、すぐに柔らかい笑みを浮かべる。
「いや、なんとなくね」
「……なんとなくで、そんなピンポイントに?」
椿は疑念を隠さずに聞くが、誠吾はあくまで穏やかに流す。
「椿ちゃんだってなんか嫌な予感がするってこと、あるでしょ?」
「……まぁ、それはあるけど……」
「それと同じだよ。ただの勘さ」
誠吾は静かに言う。
だが——
(……本当に勘なの?)
椿の胸の中には、昨夜から募る違和感が確かに残っていた。
そんな椿の疑念をよそに、誠吾はカウンターの奥へ戻り、何事もなかったように食器を片付け始めた。
―― 商業街・事件現場 ――
朝の喧騒が少し落ち着いた頃、椿たちは第三地区の商業街に到着した。
事件が起きたのは、商業街の裏手にある細い路地。
普段は倉庫や小さな店が立ち並び、昼間でも人通りが少ない場所だ。
「……これ、ひどいね」
椿は瓦礫の山を見ながら眉をひそめた。
壁には深い裂け目が刻まれ、地面には焦げたような跡が残っている。
まるで爆発でも起きたかのような激しい破壊の痕跡だった。
「これ、一人の仕業なの?」
小梅が唖然としながら瓦礫をつつく。
「間違いなく堕鬼装甲の影響ね」
そう言ったのは副隊長の志島百合だった。
彼女は腕を組みながら、被害状況を確認している。
「目撃者の証言によると、鬼のような姿をした男が暴れたらしいわ」
「鬼……?」
「そう。肌が黒く変色し、目は赤く光っていたって話よ」
堕鬼装甲の暴走症状。
適応できなかった者が理性を失い、破壊衝動に支配される現象だ。
「それで、その鬼は?」
椿が核心を突くと、百合の表情が険しくなる。
「……それが消えたのよ」
「えっ?」
「警備隊が到着したときには、すでに姿を消していたらしいわ」
椿と小梅は顔を見合わせる。
「逃げた……ってことですか?」
「もしくは誰かに回収されたかね」
百合は地面の焼け跡を指差した。
「暴れた痕跡はここで止まっている。でも、それ以外に足跡や血痕はなし。普通に考えれば、誰かが運び出したと考えるのが妥当ね」
「でも……こんな状況で回収するって、誰が?」
「それが分かれば苦労しないわ」
百合は肩をすくめる。
「とりあえず、もう少し聞き込みをしてみましょう。目撃者がいるかもしれない」
「了解!」
椿たちは、それぞれ商業街の店主や通行人に話を聞くために散っていった。




