4話:見回りも立派なお仕事。④
―― 夜の駐屯所・食堂 ――
午後の椿と小梅は書類整理などを教えられていた。
その教育担当が百合である為、二人はひぃひぃしながら書類整理に追われていた。
そして、終わる頃にはすっかり日が落ちていた。
小梅は『疲れたぁっ!!』と言い先に寮に戻った。
椿は食堂にて少し体を休めていた。
夜の食堂は、昼間の喧騒とは違い静けさが漂っていた。
照明は最小限に抑えられ、窓の外からは淡い月光が差し込んでいる。
そんな中、椿は一人食堂の椅子に座っていた。
「……」
椿は両手を包み込みながら、じっと中の一点を見つめていた。
何か考え込んでいるような、そんな表情だった。
すると、奥の方から気配が動いた。
「椿ちゃん、まだ仕事終わってないの?」
穏やかな声が響く。
顔を上げると、そこにはエプロン姿の誠吾がいた。
「せいちゃん……」
誠吾は小さく笑うと、手に持っていた湯呑みを椿の前に置いた。
「温かいお茶、飲む?」
「あ、ありがとう……」
椿はお礼を言って、そっと口をつける。
優しい香りが鼻を抜け、ほんのりと甘い後味が残る。
「……落ち着くね」
「うん、椿ちゃん、なんだか考え事してたみたいだからね」
誠吾は椿の向かい側に腰を下ろし、静かに問いかける。
「何かあったの?」
「……うん、ちょっとね」
椿は一瞬迷ったが、誠吾の穏やかな瞳を見て、ふっと息を吐いた。
「今日の巡回で、町の人たちと話したんだけど……思ってたより、みんな普通に暮らしてたんだ」
「普通に?」
「うん。私たちは町を守るためにって思ってるけど、町の人たちは守られてるって意識してるわけじゃなくて、ただ日常を過ごしてるだけなんだなって……」
椿は湯呑みを揺らしながら、ぽつりぽつりと話す。
「もし、私たちがいなくなったら……町はどうなるのかな?」
誠吾はしばらく椿の言葉を噛みしめるように沈黙した。
そして、ふっと微笑む。
「椿ちゃんは、正義ってなんだと思う?」
「え?」
突然の問いに、椿は目を瞬かせる。
「正義って……悪を倒して、人を守ること、じゃないの?」
そう答えながら、自分でも少し曖昧に感じた。
誠吾は静かに湯呑みを持ち上げ、ゆっくりとお茶を口に含んだ。
「うん、それも正義の一つだね」
「 一つ ……?」
「そう。正義って、たくさんあるんだよ」
誠吾の声は相変わらず穏やかだったが、その奥にはどこか深いものが感じられた。
「たとえば、僕たちが敵だと思ってる相手にも、その人なりの ‘正義’ があるかもしれない」
「……それって、敵を正しいって言ってるの?」
「違うよ。ただ、どちらの正義も、自分にとって間違いじゃないって思ってるだけ」
椿は言葉に詰まる。
「じゃあ……どうすればいいの?」
「それは、椿ちゃん自身が自分の正義を決めるしかないよ」
誠吾は優しく微笑む。
「正義の形は人それぞれ違う。でも、どんな形であれ 自分が信じたものを貫くことが大切なんじゃないかな」
「……」
椿はじっと誠吾を見つめた。
彼の言葉には、揺るぎない信念が感じられた。
(せいちゃんは、自分の正義を貫いてるの……?)
料理人として駐屯所のみんなを支える。
それが誠吾の選んだ正義……本当に、そうなのだろうか?
椿の胸の奥に、小さな違和感が残る。
「……椿ちゃん?」
「えっ!? あ、ううん、なんでもない!」
慌てて誤魔化すと、誠吾は小さく笑った。
「そっか。……でも、何かあったら、また話してね」
「……うん」
椿は湯呑みを両手で握りしめながら、静かに頷いた。
(せいちゃんの正義……もう少し、知りたいな)
静かな夜の食堂で、椿の心には小さな疑問が芽生え始めていた。




