3話:訓練の幕開け④
椿と小梅は、蓮華と飛鞠に追い詰められながらも、確実に装甲との共鳴率を高めつつあった。
今までは装甲に頼る形だったが、今の二人は装甲を”使いこなす”域に入りつつあった。
だが、それでも先輩たちの実力は圧倒的だった。
「……ここまでか?」
蓮華が槍を軽く回しながら言う。
「いや、まだ終わらせない!」
椿が最後の力を振り絞って構え直す。
小梅も飛鞠と向き合いながら、深く息を吸い込んだ。
それを見た飛鞠が微笑む。
「では……最後の一手、行きますよ」
静かな、しかし確実な勝負を決める声。
「それじゃあ、私たちも——行くよ、小梅!」
「うん、いくよ!」
二人は互いに目を合わせ、一斉に飛び出した。
(この一撃で決める……!)
椿は【紅陽】の推進力を最大限に利用し、全身のバランスを完璧に整えながら蓮華へと突進する。
先ほどまでは単純な斬撃に頼っていたが、今回は違う。
装甲の機動力を最大限に活かし、戦闘中に蓮華の癖を見極めた上での一撃だった。
「おお……?」
蓮華が一瞬、目を細める。
同時に、小梅も【青葉】の補助システムを活かし、風のように飛鞠の側面へ回り込む。
飛鞠の注意を自分に向けさせ、わずかな隙を作る作戦。
「……なるほど、そう来ますか」
飛鞠が静かに木刀を構え直す。
(今だ!!)
二人は、それぞれ全力の斬撃を繰り出した——!!
シュバァァッ!!
椿の紅陽が蓮華を狙い、小梅の青葉が飛鞠の防御の隙間を突く。
バキィンッ!!
激しい衝撃音が響いた。
次の瞬間——
蓮華の槍が、椿の肩に触れた。
飛鞠の木刀が、小梅の脇腹に軽く当たる。
しかし。
同時に、椿の木刀が蓮華の胸元に届いていた。
小梅の木刀も、飛鞠の腕に軽く触れていた。
完全な敗北ではなかった。
「……やるじゃん」
蓮華が口元をゆがめるように笑う。
飛鞠も小さく頷く。
「素晴らしいですね。まだ未熟な部分はありますが、間違いなく成長しています」
「……でも、負けましたね」
小梅が息を切らしながら言うと、椿も悔しそうに木刀を握りしめた。
「くっ……」
「ま、負けは負けだけど……最後に一矢報いたじゃん?」
「うん……」
椿は小さく頷いた。
完敗ではない。
それだけで、今回の戦いには意味があった。
―――――
「よし、ここまで!」
東雲の号令が響く。
「新人二人、いい動きをしていたな」
「椿ちゃん、私たち、意外といけるんじゃない?」
小梅がニヤリと笑いながら、肩で息をしつつ言った。
「うん……でも、まだまだだね」
椿は悔しさを噛みしめながら、それでも確かな手応えを感じていた。
「ふふ、これからもっと強くなれますよ」
飛鞠が微笑みながら言う。
「ま、伸びしろは十分ってところだね!」
蓮華が肩を回しながら、軽く笑った。
「訓練は終わりだ! 各自、装甲を解除して休憩しろ!」
東雲の声が響く。
―――――
「いやー、たいちょー。あの二人、なかなかやるよ」
蓮華が地下訓練場の隅で腕を組みながら笑った。
模擬戦を終えたばかりの彼女の顔には、疲れはあるものの、それ以上に楽しそうな色が浮かんでいる。
「そうだな。初めて【神威装甲】を装着した割には、しっかり動けていた。並の訓練生じゃ、装甲の負荷に耐えるだけでも精一杯だというのに」
東雲が腕を組みながら応じる。
彼の視線は、今しがた訓練を終えた椿と小梅が向かったシャワールームの方へと向けられていた。
「流石は首席で卒業しただけはあるな。狛坂の方はまだ荒さが目立つけど……」
百合が静かに言葉を添える。
「でも、小梅さんはどこか蓮華さんと戦い方が似ている気がしますよ。直感で戦っている感じとか」
「はぁっ? あたしだって考えて戦ってるわっ!!」
蓮華がむっとした表情で抗議するが、飛鞠はくすっと笑う。
「はいはい、お前たちも疲れただろ。今日はこれで解散。後は各々、書類整理とかを済ませろよ」
東雲がそう言うと、蓮華が大げさに肩を落とした。
「えー、あたしは戦闘専門なんだけどー」
「この際だから、しっかり覚えてもらうわよ。来なさい」
百合が容赦なく蓮華の腕を掴み、そのまま連行する。
「ぎゃー! 助けて飛鞠~!」
「ふふ、お疲れさまです」
飛鞠は苦笑しながら、一礼して去っていった。
―――――
「……そこにいるんだろ? さっきの戦闘は、ちゃんと見ていたか?」
東雲がふと声をかける。
一瞬の沈黙。
すると、訓練場の薄暗がりから、一人の男が静かに歩み出てきた。
「……はい、流石は椿ちゃんでしたね」
誠吾だった。
彼は穏やかな表情を浮かべながら、東雲の隣に立った。
「いつから僕がここにいると気づいていたのですか?」
「最初からだ。お前、相変わらず気配の消し方は甘いな」
東雲は薄く笑う。
「桃枝は、お前が言った通り中々の実力だったよ。最初は不慣れだったが、すぐに装甲とシンクロし始めた。慣れれば相当なものになる」
「そうですね。今はまだ装甲の扱いに慣れていないだけで……馴染めば、東雲隊長と肩を並べるぐらいになると思いますよ」
誠吾の言葉に、東雲が片眉を上げる。
「俺と肩を並べるか……それは楽しみだな」
「ええ。あと、狛坂さんもかなりの逸材です。彼女はまだ自分の力を完全には理解していませんが、直感力が優れています。蓮華さんと似たタイプですね」
「なるほどな」
東雲は満足げに頷くと、じっと誠吾を見つめた。
「お前は……どうするつもりなんだ?」
「……僕は?」
「誠吾、お前はただの料理人じゃない。ここにいる理由も、ただ飯を作るためだけじゃないはずだ」
誠吾は一瞬、視線を泳がせた。
そして、小さく笑う。
「僕は……ただ、椿ちゃんたちの様子を見に来ただけですよ」
「本当に、それだけか?」
東雲の問いに、誠吾は答えなかった。
だが、その沈黙がすべてを物語っていた。
「……それでは失礼します」
誠吾は一礼し、その場を去ろうとする。
その背中を見送りながら、東雲は小さく呟いた。
「誠吾、お前を必ず超えてやるからな」
――訓練場・シャワールーム――
「ふぅぅ……疲れた~~~っ!!」
椿と小梅はシャワールームで汗を流した後、更衣室のベンチに腰を下ろした。
「でも、手応えあったよね!」
「うん……最後、あの二人に一撃は入ったしね」
椿はバスタオルで髪を拭きながら、少し満足げに微笑んだ。
「でも……もっと強くならなきゃ」
「もう、椿ちゃんはほんとに負けず嫌いだよねぇ」
小梅が苦笑しながら隣のベンチに腰を下ろす。
「でも、わかるよ。私も、次は勝ちたいもん!」
「だね。次は、もっと……!」
椿は握った拳をギュッと握りしめる。
訓練は始まったばかり。
だが、確実に二人は成長していた。
(次こそ、勝つ!)
椿はそう強く誓った。
―――――
訓練が終わり、夜の静けさが駐屯所を包み込んでいた。
寮へ戻る途中、椿はふと立ち止まり、夜空を見上げた。
星が輝いている。
「椿ちゃん?」
少し先を歩いていた小梅が、不思議そうに振り返る。
「ううん、何でもない」
椿は笑って首を振る。
「ただ……なんか、まだ終わりじゃない気がして」
「……まぁ、そうだよね」
小梅は頷く。
「私たち、ここで終わりじゃないもんね。もっともっと強くならなきゃ」
「うん」
椿は紅陽の柄を軽く握る。
戦いは、まだ始まったばかり。
そして——
(せいちゃん……あなたは、どうするの?)
心の奥でそう問いかけながら、椿は再び歩き出した。




