防壁 3
それまで諦めの雰囲気が満ちていた場の空気は、鉄砲によって明らかに動きが鈍くなった魔物を前に一気に変わった。
勝機があると、その場の誰もが思うようになった。
僕やレイスは、それまでの戦いで体力が限界になっていたからまともに戦う気力がなかった。
しかし、隊長含む数名はまだ戦える様で、魔物にとどめを刺す機会を窺っている。
だが、その中にマイナの姿がなかった。
マイナは葵を庇って魔物の突進を諸に受けてしまい、今は木の下に倒れている。
僕の位置から見た限りでは、マイナの現状は分からない。
ただ無事であることを祈るしかなかった。
鉄砲隊は、想現法者に怪我人を街に連れて行くよう呼びかける。
想現法の使い手は3名を残して、残りの7名は怪我人を連れて行ける限り担架に乗せて、山道を下って行った。
マイナもその中にいた。
彼女の無事を確認するのは、この戦いが終わってからになりそうだ。
きっと話せる事を信じて、魔物に向き直る。
葵が想現法をかけてくれたから、少しだけ体力が戻った。
再び鉄砲の轟音が響く。
魔物はその銃弾のほとんどを喰らったようで、徐々に動けなくなっている。
その光景を見て、さっきまでの苦労は何だったのだろうと思ってしまった。
僕らの考えが甘くなければ、こんな事にはならなかった。
連れてこれるなら、初めから鉄砲隊を連れて峠を登ればよかったのだ。
だが、読みが浅はかであった。
マイナが倒れたのも、この討伐隊の誰もがその甘さを許容してしまったことが遠因であろう。
今言っても、後の祭りであるが。
ただ、そんな自分を恨むしかなかった。
魔物は、僕らがあれだけ苦戦したとあって銃弾を喰らってもなかなか倒れなかった。
しかし、確実に弱っている。
動きの鈍くなった魔物は、隙を見ればとどめを刺す事が出来そうであった。
そのとどめを刺すために、士気を取り戻した討伐隊の面々は皆、剣を構えている。
3回目の銃撃が行われると、魔物は今までのように激しく首を振ったり突進したり出来ないほど、動作がゆっくりになった。
そのタイミングをついて、僕ら討伐隊は一斉に魔物に斬りかかった。
魔物は驚く程に無抵抗だった。
その魔物の皮はとても硬く、中々息の根を突く事が出来なかったが、しばらくして隊長が突いた一撃で、魔物は動かなくなった。
鉄砲隊が到着してから、随分とあっさりした決着のつき方だった。
討伐隊の皆が、体力の限界で喜ぶ余裕もなかった。
大半が、鉄砲隊の人数に抱えられて峠を下った。
僕は、抱えられて行く内に眠りについてしまった。
※
無事に討伐から帰った葵は、街に着くと直ぐにマイナのいる病室に向かった。
病室は街の中心部の病院にある、協会指定の急患病院だった。
受付でマイナの友人である事を伝えると、彼女がいる二階の病室に案内された。
病室は個室だった。
ドアを開けると、明るい日差しが入り込んだ白い部屋だった。
窓のスペースに、買って来た花瓶に花を生け、その端に添えて置いた。
マイナは、静かに寝息を立てていた。
隣にいた看護師の女性が、葵が落ち着いたのを見計らって口を開いた。
「運ばれてからこの方、意識が戻っていなくてずっと静かに寝ているんです。」
葵はそうですか、と呟くように言うと、すぐに静けさが病室に広がった。
少しして、看護師は病室を出て行った。
葵はそれから、寝ているマイナに顔を伏せた。
「何で、私なんか庇って...」
気付くと、葵は泣いてしまっていた。
せっかく出来る様になった連携技も、魔物を食い止めるのが精一杯だった。
それどころか、マイナは葵を庇って気を失った。
それから、眠ったままだ。
自分が逃げられるほど反射神経が良ければ、マイナはこんな事にならなかったかも知れない。
恋人のいるマイナよりも自分が代わりに攻撃を受けていれば良かった。
葵は、本気でそう思ってしまった。
こういう時に自分を責める悪い癖が出るのは分かっている。
でも、悪い癖と言っても今回だけは自分の責任が重いと思わないと、マイナが倒れた事を受け入れられなかった。
いや、きっと受け入れられないのだろう。
受け入れられないから、自分のせいにして消化しようとしてるのだろう。
こんな時まで自分の事を考えている事が許せなかった。
「私、もう旅続けられないよ...」
気が付けば、マイナが一番聞きたくないであろう言葉を呟いていた。
旅の中で、自分はいつも誰かに助けられたり、庇われたりしてきた。
自分からは、誰かを助けたという自覚はない。
いつも足手纏いになっていたとしか、葵は思えなかった。
そんな自分がこの先旅を続ければ、また誰かがマイナのようになるかもしれない。
そうなるくらいなら、自分はここで旅をやめるべきなのではと、葵は思う。
マイナ...。
彼女に伏せて泣いている事しか、葵には出来なかった。




