第九章 告白
秋になった。
王都の街路樹が赤と橙に染まる頃、リディアはクラリスの商会で正式な主任書記官の肩書を持つようになっていた。業務委託から始まって九ヶ月。与えられた仕事の範囲は最初の三倍になっていたが、こなせているという実感もあった。
朝、窓から差し込む光の角度が変わっていた。夏の真っ直ぐな光とは違う、斜めに差し込む秋の光だ。それが机の上の帳簿を橙色に染めた。リディアはそれを少しの間眺めてから、ペンを取った。こういう時間が、いつからか好きになっていた。
エイドリアンとの月に一度の会合は続いていた。仕事の話をしながら、食事をして、話して、また次月に、という繰り返し。それがいつからか、リディアの生活の中で当然のものとして位置を占めていた。
彼が来る日の朝は、少し早く起きる。それだけのことだが、気がつけばそうなっていた。
その日も、エイドリアンが来た。
用件は財務省が進める新しい商業記録法の意見聴取で、実質的には定例のものだった。話し合いは一時間ほどで終わり、いつも通り食事に出ようとなった。
秋の日暮れは早く、商業区を歩き始めた頃にはもう西の空が赤かった。
ところが商業区を歩いていると、エイドリアンが少し立ち止まった。
「一つ、仕事と関係のないことを聞いていいですか」
リディアは「はい」と答えた。
エイドリアンはしばらく前を向いたまま言った。
「ハーウィン家を出た理由を、前に少し聞きましたが」
「ええ」
「その後、後悔はありましたか」
リディアは考えた。正直に答えるべき問いだと思ったので、少し時間をかけた。
「最初の一週間だけ、ありました。怖かったんだと思います。ただし後悔の内容は、出てきたことではなくて、もっと早く出てこなかったことです」
エイドリアンはうなずいた。それきり歩き始めた。
食事を終えて、帰り道を歩いていた。秋の夜は早くて、七時を過ぎると空が暗い。街灯が等間隔に並ぶ通りを、二人で並んで歩いた。
エイドリアンが口を開いたのは、一ブロック歩いた後だった。
「一つ、言っておきたいことがあります」
「なんですか」
「あなたのことを、最初に知ったのはハーウィン家にいたときです」
リディアは歩みを少し緩めた。
「財務省の監査で伯爵家の書類を見たことがある。五年前のことです。整理された書類と、分析が、際立っていた。当時の担当者が誰か、書類には名前がなかったが、後で聞いて知りました」
リディアは記憶を探った。五年前。自分が十八歳の頃だ。父の書斎を整理して、久しぶりに監査の書類を仕上げた年だったかもしれない。あの時、誰かが見ていたとは思っていなかった。
「あなたが伯爵家にいる間のことは、書類を通じてしか知らない。でも、クラリスの商会で初めて会ったとき、仕事のやり方を見て、同じ人だとわかりました」
「それは」リディアは慎重に聞いた。「どういう意味で、おっしゃっているのですか」
エイドリアンは立ち止まった。リディアも止まった。
街灯の下、エイドリアンはリディアの方を向いた。表情は相変わらず静かだ。しかし、その静かさの種類が、仕事の場のそれとは違った。わずかに緊張している、とリディアは思った。この人が緊張するのを、初めて見た。
「五年前から仕事を見ていた、ということと」と彼は言った。「今あなたのそばにいたいと思っている、ということの、両方を言っています」
リディアは少しの間、何も言わなかった。
心臓が、思ったより早く動いていた。胸の中が静かで、しかし確実に何かが動いている。マルクスと婚約していた頃に一度も感じなかった種類の動揺だ。これが何であるかは、言葉にするより先に体が知っていた。
「仕事を見て、というのは」
「あなたの仕事の丁寧さと、誠実さと、頭の使い方を、ということです。そのうえで、です」
リディアは一度、目を伏せた。
誰かに評価されることを、ずっと求めていたわけではなかった。ただ、正当に見てもらえないことへの疲弊は、長い間積み重なっていた。それがここに来て、初めて、仕事を通じて正当に見ていてくれた人間が、ここにいる。しかも彼は、五年前から、ずっと。
「返事を、今すぐもらわなくていいです」とエイドリアンは言った。「考える時間が必要なら」
「いえ」とリディアは遮った。
顔を上げると、エイドリアンの目がそこにあった。
「私も、同じです」とリディアは言った。「あなたと話していると、頭がよく働く。それだけではないとわかったのは、いつからでしょうか。自分でも確かめ切れていません。でも」
少し間があった。
「同じだということは、確かです」
エイドリアンの表情が、初めて柔らかくなった。大きな変化ではない。ほんの少し、目の周りが解けるような変化だ。けれどリディアには、それが笑顔だとわかった。こんな顔もするのか、と思った。少し、意外だった。
「では」と彼は言った。「改めて、よろしくお願いします」
「こちらこそ」とリディアは答えた。
二人はまた歩き始めた。並んで、同じ方向へ。




