第八章 残されたものたち
リディアがハーウィン家を出てから半年が過ぎた頃、王都の社交界に一つの話が広まった。
レイン侯爵家の次男、マルクスが財政的な問題を抱えているという噂だ。
リディアがその話を聞いたのは、クラリスからだった。
「あなたに関係がある話かどうかわからないけれど」とクラリスは前置きしてから続けた。「レイン家の商業投資が、軒並み失敗したらしいわ。三件の事業がすべて赤字で、担保にしていた資産を売却しなければならない状況だとか」
リディアは静かに聞いた。
「それから」とクラリスは続けた。「議会に提出していた陳情書が、不備を指摘されて差し戻されたとも聞いたわ。書式の不整合と、根拠数値の誤りがあったらしい」
リディアは何も言わなかった。
マルクスが進めていた商業投資案件は、リディアが婚約期間中に収支分析をしていたものだ。リディアが見ていた間は、問題点を都度指摘して修正させていた。それがなくなれば、どうなるか。リディアには予想がついていた。議会への陳情書も同じだ。リディアが毎回仕上げていたものを、彼が一人でやれば、当然の結果になる。
「知っていたの?」とクラリスが聞いた。
「なるだろうと思っていました」とリディアは答えた。
「怒っていないの?」
「怒る理由が、あまりない気がして」
クラリスはリディアを少し眺めてから、「あなたは不思議な人ね」と言った。
しかし実のところ、リディアの中に何もないわけではなかった。ただそれは、怒りとは少し違う感情だった。長い間、自分の仕事を「当然のもの」として受け取り続けてきた人間が、その「当然」を失ったときに何が起きるかを、今まさに実証している。それを見ながらリディアは、奇妙な静けさの中にいた。
自分が去った後、彼がどうなるかを、リディアは考えていなかったわけではなかった。ただ、それはもう自分の問題ではないと、はっきりと線を引いていた。彼が失敗するのは彼自身の問題であり、リディアがいなくなったことが原因であっても、それはリディアの責任ではない。三年間積み上げてきた仕事を「当然」として使い続けた代償を、彼は今、支払っている。それだけのことだ。
さらに一週間後、追い打ちがかかった。
財務省がレイン侯爵家の商業投資を対象とした立ち入り調査を開始した、という情報が商会を通じて入ってきた。投資家への虚偽説明の疑いがあるとのことだった。リディアが去った後にマルクスが新しく始めた投資事業で、実態のない収益見込みを投資家に提示していたらしい。
その調査の担当者の名前が、エイドリアン・ケスラーだった。
リディアがそれを知ったのは、エイドリアンが商会を訪れた日の会話の中でだった。
「レイン家の案件を担当しているんですか?」とリディアは確認した。
「はい」とエイドリアンは短く答えた。「関係がありましたか?」
「以前、婚約者でした」
エイドリアンはわずかに目を細めた。感情の種類は、リディアにはすぐにはわからなかった。
「それは知りませんでした」
「知らなくてよかったことです」
「……調査の内容が外に漏れることはありません」
「わかっています。あなたがそういう人だということは」
エイドリアンはそれ以上聞かなかった。話は仕事の別の件へ移った。
ハーウィン家については、父から手紙が来た。リディアが出ていってから三週間後に届いた、遅い手紙だった。「戻ってほしい」ではなく、「財務の管理者が見つからなくて困っている、紹介できる人物はいないか」という内容だった。リディアは一人の書記官の名前を書いて返信した。それ以上のことは何も書かなかった。娘を心配する言葉がどこにも入っていない手紙に対して、特に何かを感じる必要もなかった。
母からは何も来なかった。セリーナからは、「あなたが急にいなくなって驚いた、でも元気そうで安心した」という短い手紙が一通来た。それが、今のところ家族からの全てだ。セリーナだけは、少し心配してくれていた。それはわずかに、温かかった。
レイン侯爵家の調査は、翌月に一定の結論に至った。マルクスは投資家への説明義務違反で行政処分を受け、政界への道を事実上閉ざされた。コーラ・フィッシャー令嬢との交際も、その時点では既に終わっていたという噂が後から届いた。侯爵家の中での彼の立場も、大きく変わったと聞いた。
リディアはその報を聞いたとき、窓の外を見た。何かが晴れる感覚は、思ったほど大きくなかった。ただ、締め切られていた扉の取手が外れた、という程度の感覚だ。
それよりも大きかったのは、自分が今の仕事に集中できるという事実だった。過去は過去だ。今日も仕事がある。それで十分だった。
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