第91話 同じ屋根の下
王都へ入って二日目の朝、セレスティーヌはクリストフと、外門から王城へ続く通りを歩いていた。前日に雇った職人たちが崩れた梁を切り分け、荷車を通せるように道を空けている。泥の下に敷石を探しながら進んでいると、クリストフが腕を差し出した。
「こっちへ。道の端なら、まだ歩ける」
手を借りて脇へ寄ると、土魔法で泥を寄せた跡に、軒先から続いていた石畳が現れた。倒れた梁を運ぶ綱が二人の前を横切り、その下から、割れた窓枠が泥を滴らせながら持ち上がっていった。
「この道を王城まで通す。奥へ資材を運べなきゃ、あっちの仕事も始められないからな」
通りの先には、王城の壁が残っていた。その手前でも家々の屋根が落ち、壁を取り払ったところから、隣の建物の裏まで見通せるようになっている。セレスティーヌは、梁を積んだ荷車が通り過ぎるのを待ち、空いた一画へ足を踏み入れた。
「ここから、皆さんの住む家を建てましょう」
「城より先にか」
「ええ。王城を建て直す間も、暮らしていただく場所は必要です。新しいギルドも、この通りに置きたいのです」
クリストフは道の向こうへ身体を向け、取り除かれた壁の跡を見渡した。
「だったら、ギルドはあっちだな。家の入口の前へ、荷車を並べずに済む」
「わたくしたちの仕事の場所も、当面はこちらに。王城の跡へ移るまで、ここでお話を伺いましょう」
「分かった。家を直す金の貸付も、そこで受け付けるか? 元の場所へ戻りたい奴もいるだろう」
「貸付にはいたしません。住む家は、こちらで用意しましょう」
運び出されてきた石が荷台へ落ち、足元まで鈍い響きが伝わった。職人たちが次の荷車を寄せる間、セレスティーヌはクリストフと、道に面した壁の跡へ寄った。
「家を失ったあとで、返す金を用意できるかまで心配していただく必要はありません。働けない方にも、ここで暮らしていただきます」
「建てた家を渡すんだな」
「住んでいただきます。建物は、わたくしたちで持っておきましょう。壊れたときの修理も、住み替えも、こちらで引き受けられますから」
「……建てて終わりにはならないか。なら、最初の家を建てる連中に、その先の修理も頼めるように話しておく。入る人の手配も、俺がやるよ」
「ええ。ここでの暮らし方をお伝えしたうえで、住みたい方に来ていただいてください」
「昨日のゲリオンみたいに、自分でやりたい奴もいるだろうしな」
「その方のお家まで、わたくしたちがご用意することはありません」
クリストフは頷き、職人たちのところへ向かった。道沿いに置きかけていた材木が奥へ運ばれ、空いた場所へ、家の輪郭を示す綱が張られていく。セレスティーヌもそのそばへ進み、入口になるところから内側へ入った。
この通りへ帰ってきた方を、屋根の下で休ませてあげられる。今日、仕事へ出られなかったことを、眠る前まで気にせずに済むように。
足元には、まだ湿った土しかなかった。それでも、入口から寝床までの距離を歩いてみると、ここへ置く窓を、朝日の入る方へ向けたくなった。
* * *
昼を過ぎると、外門から材木を積んだ荷車が通るようになった。王城から選び出された梁も運ばれ、傷んだ端を切り落とした木口から、明るい色が覗いている。土魔法で均された地面へ職人が柱を支える礎石を据え、横たえられていた柱が、綱に引かれて起き上がった。
セレスティーヌは、朝に歩いた場所へ進みかけた。地面に残っていた自分の足跡を、立ち上がった柱の影が横切っている。
「姉さん。こっちからなら、よく見える」
戻ってきたクリストフの隣へ寄ると、柱の間に渡す梁が見えた。端に掛けた綱を引き、職人たちが少しずつ持ち上げている。
「……家になるのですね」
「ああ、そのために建ててるんだろ」
笑いを含んだ声に、セレスティーヌは弟を見た。
「ええ。そうなのですけれど」
「楽しみか」
「はい。とても」
答えると、彼の口元も緩んだ。セレスティーヌはもう一度、作業の進む場所を見た。梁を受けるために伸ばされた手が、次の掛け声を待っている。その声に合わせて木が持ち上がり、朝には空だった柱の間へ渡っていった。
梁が柱に収まると、セレスティーヌは思わずクリストフの袖を引いた。弟も同じ場所を見ていたので、呼びかける言葉が出ないまま、手だけを残した。
「近くで拝見しても、よろしいでしょうか」
「上の仕事が終わってからだ。まだ、屋根に使う板も上げる」
「分かりました」
木槌の音を聞きながら待っていると、クリストフがこちらへ顔を寄せ、声を落とした。
「それと、姉さんの部屋は、別に用意した方がいい。仕事の場所はこの通りでも、休むところまで一緒じゃなくていいだろ」
「わたくしも、こちらに住みます」
「誰でも姉さんのところへ来られるようにする気か」
「お話を伺う場所は、あなたが整えてくださるのでしょう。わたくしも、帰るたびに皆さんのお顔を見られます」
クリストフは通りを振り返った。板を運ぶ荷車と入れ替わりに、空いた車が外門へ戻っていく。その通りから、柱の並んだ建物の奥までを確かめると、弟は端の一画を示した。
「だったら、道から離れた方だ。仕事の部屋は手前に置く。姉さんの部屋まで、そのまま通り抜けられるようにはしない」
「ええ。それで結構です」
「俺も隣に部屋を取るぞ」
「そのつもりでおりました」
クリストフは何か言いかけ、口を閉じた。セレスティーヌが待っていると、少し困ったように笑った。
「……先に決められてたか」
「お嫌でしたか?」
「聞くまでもないだろ」
弟が仕事へ戻ると、セレスティーヌは二人の部屋を置く場所を、通りの脇から眺めた。綱で区切られた土の上には、まだ壁も寝台もない。けれど、そこへ帰ってくる弟を迎えるとき、自分がどちらの戸から顔を出すかまで思い浮かべていた。
* * *
夕方、外門で材木の代金を払って戻ると、最初の住居棟には屋根板が掛かり始めていた。向かい側では、ギルドを建てる場所から最後の石を運び出している。朝には梁を避けながら進んだ道を、空の荷車が止まらずに通り抜け、そのあとに残った車輪の跡も、建物の奥まで続いていた。
セレスティーヌは道から渡された板を踏み、クリストフと一緒に住居棟の入口へ立った。壁はまだ途中で、柱の間から反対側が見える。それでも、足元へ敷かれた板の上では、裾を持ち上げずに歩けた。
「この奥だよ。姉さんの部屋は」
クリストフに続くと、建物の端に間仕切りの柱が立っていた。窓を入れるところからは、通りを挟んで並べられた材木と、ギルドの敷地へ杭を打つ職人たちが見えた。
「机は、窓の下に置けそうだな」
「あなたのお部屋は?」
「俺はこっち。呼ばれたら、すぐ来られる」
クリストフは柱の間を抜け、隣の部屋になる場所へ入った。壁のないところから差し出された手へセレスティーヌも腕を伸ばすと、弟は笑って握り返した。
「壁ができたら、こうはいかないぞ」
「扉を付けていただきましょうか」
「仕事中まで呼ばれそうだな」
「必要なときには、お呼びしますよ」
握られた手に力が入り、セレスティーヌも指を重ねた。窓になる場所の向こうでは、仕事を終えた人々が道具を片づけ、残された材木へ布を掛けている。クリストフはその様子を確かめてから手を離し、柱の間を抜けてこちらへ戻ってきた。
「まだ寝られないな。壁も、戸もない」
「整いましたら、こちらへ移りましょう。寝台も、皆さんと同じように用意してください」
「姉さんの寝台、狭くなるぞ」
「こちらで眠れるのでしたら、構いません」
セレスティーヌが笑って弟の腕へ手を添えると、クリストフはその指を掌で包んだ。二人で入口へ引き返し、掛かり始めた屋根板の下を抜けても、弟の手は重なったままだった。




