第83話 花を摘む手
面会を申し入れてから二日後の朝、リールは搬送へ出るテオたちと宿の前で別れ、冒険者ギルド本部へ向かった。
今度は、工房を返してもらう。イベリーに製造を任せ、島の注文に合わせて動かせるようにする。看板の名前くらい、それで済むなら譲っていい。
案内された部屋では、レヴィンが卓の向こうから椅子を勧めた。
「お待たせしました。工房のお話でしたね」
「ええ。イベリーに製造を任せて、再開したいんです。材料代はこちらが出し、売り先も用意します。工房には、別の名前を付けます」
「なるほど、なるほど。名前を替えても、何を作るか決めるのは島の商会。工房をそちらの傘下へ戻したいわけですね」
「止めたままにしておくより、売上を立てられます」
「売上は欲しいですよ。ですが、工房をお返しするという返答は頂けませんでした」
差し出された王国の書面には、返還を認めないとあった。
「王国が指定する管理者の下で再開します。イベリーさんには、そちらから条件をお伝えしましょう。製造を見られる方なら、オレも助かりますよ」
工房を返す話には応じず、作る人の話だけは受け取るのね。
「その条件で働くかは、本人に確かめてください」
「もちろん」
リールは鞄から花石鹸の注文書を取り出した。
「では、再開して最初のひと月は、うちの注文だけを受けてください。材料代を先に払い、できた分は全て買い取ります」
「買っていただくのは歓迎しますよ。ただ、ほかのお客までお断りする約束はしません」
レヴィンが注文書の隣へ見積もりを置いた。リールは単価を確かめ、以前の卸値と見比べた。
「大聖堂が卸していた値段の、倍じゃないですか」
「ええ。再開後は、その値段で受けます。ほかの商人へも同じ額で出しますよ」
「うちが買ったのは、三つ葉の印がないせいで返品された石鹸です。以前の卸先が、倍の値段で買うでしょうか」
「ああ。それでも、そちらでは売れたんですね?」
「加工したものは売れました。次の注文もあります」
「でしたら、まずはその分から始められますね。戻ると返事をくださった作り手だけで動かしますから、初めから以前と同じ数を売る必要もありません」
買い手が減ると言っても、こちらの注文があれば構わないって言うのね。リールは見積もりを注文書の脇へずらした。
「前金と買い取りを約束するんです。その分は下げてください」
「お安くしないと、そちらの石鹸は売れませんか?」
リールは手帳を開き、花一輪にかかる費用を計算し直した。仕入れ代が倍になっても、職人の給金と箱代、運賃を払ったあとに利益は残る。ただ、これまで商会に残せた金を、そのまま工房へ渡すことになる。
この値段でも買うと、見ているのね。
「その値段で仕入れ続けるくらいなら、脂を買って島で作ります」
「脂から、お作りになる?」
「解体屋と独占契約を結びます。あそこから脂が入らなければ、そちらも、すぐには工房を動かせないでしょう」
「ああ、それでしたら。工房で使う分は、もう頼んでありますよ」
レヴィンが封筒から契約書を取り出した。解体屋の名の下に、次の月まで工房へ納める脂の量が記されている。契約の日付は、面会を申し入れた翌日だった。
「代金の半分は、先にお渡ししてあります。約束した量は取っておくと、お返事も頂きましたよ」
添えられた受取書には、解体屋の印があった。
「私に返事をくださる前に、そこまで済ませたんですね」
「再開するのに、脂がなくては困りますからね。仕入れ先は、帳簿に残っていましたよ」
リールは契約書の数量をもう一度読んだ。残りを買い取っても、この分は工房へ届く。
「残った脂については、解体屋と直接話します」
「どうぞ。こちらは、先に約束した分を納めていただきますから」
工房を止めることはできない。それでも、余った脂で島の石鹸を作る道までなくなったわけではなかった。
リールは契約書を返し、注文書から今回必要な石鹸の量を伝えた。
「この量なら、いつ渡せますか」
「七日後に、フェオリスの工房で。そこまでは出せると聞いています」
残った脂で何輪分を作れるかは、まだ分からない。仕込みを頼む相手にも、話をしなければならなかった。島で作り始めるとしても、今ここで、同じ量を七日後までに用意できるとは約束できない。
あの商人には、もう待ってもらっている。脂を買って帰ったあとで、やはり足りなかったとは言いたくなかった。
「今回は、この量だけ買います。次も買うという約束はしません」
「それで結構ですよ」
「その代わり、七日後に渡す分は、ほかの客へ回さないでください。代金の半分を、今日払います」
「ほかから注文が来ても、そちらを先にしろ、と?」
リールは卓に残された受取書を示した。
「そちらも、先に代金を払って脂を取っておいてもらったんでしょう。うちが買う石鹸も、同じように確保してください。工房の全部を空けてほしいとは言っていません」
「なるほど。ご注文の分でしたら、約束できますよ。残りの半額は、工房でお渡しするときに頂きます」
「七日後に渡せなければ、注文を取り消して、前金は返していただきます」
「ええ。その条件も入れておきましょう」
レヴィンは見積もりに数量と受け取りの日を書き込み、職員を呼んで注文書を作るよう頼んだ。
「買い付けと、島への持ち出しも認めていただきます」
「買って国外へ送る許可は、もう頂いていますよ。国内で売るのは認められていませんが」
「島へ送ります。工房の返還と、国内での営業再開は、引き続き求めます」
「そちらも、王国へはお伝えしますよ」
職員を待つ間、リールは手帳へ受け取りの日を書き留めた。これで島の職人に、花石鹸の仕事を再開してもらえる。テオが頼んだ一輪も、ようやく渡せる。




