第81話 檻の維持費
王都の冒険者ギルド本部の前には、荷馬車が停まっていた。御者が乗り口の踏み台を下ろし、包帯を巻いた男に肩を貸している。リールはテオたちと通りの端へ寄り、男が建物へ入るのを待った。
「なあ、どこまで取り返す気なんだ?」
テオが声を落とすと、隣のシェイムも聞き耳を立てるようにリールのそばへ寄ってきた。チコは先に中へ入り、取り次ぎを頼んでいる。
「まず、この七日間で終わらないようにしたいわ。次からは、私たちで仕事を選んで、商会として引き受けられるようにするの」
「前の商館もか?」
「返してもらうつもりよ。ただ、仕事を選べないまま、人だけ置いておく約束はしないわ」
島には建てかけの店があり、石鹸を待っている商人もいた。どちらも次に金が入るまでには時間がかかる。だからといって、注文を待つしかない場所へ六人を残すわけにはいかなかった。
シェイムは、馬車から下ろされた荷物を避けて道を空けた。
「話がまとまらなかったら、島へ戻るんですね」
「ええ。今回の仕事を終えたらね。帰りの船賃は、そのために取ってあるわ」
「分かった。こっちは待ってるから、行ってこいよ」
入口からチコが手を振った。テオが四人の若手を建物の脇へ集めるのを見届け、リールはチコと階段を上がった。
案内された部屋では、レヴィンが椅子を引いて待っていた。
「お久しぶりです。六人、連れてきてくださったそうですね」
「商業ギルドから依頼を受けましたので」
「ええ。こちらも、そこはお待たせしないようにしておきました」
卓上を滑ってきた書面には、リール商会の名と、患者の搬送及び護衛という仕事が記されていた。王国の印もある。ただし、認められるのは今回の七日間だけだった。
「これで、明日から働けますよ」
商会を没収すると告げたときも、こんな調子だった。リールは書面を鞄に収め、空いた卓上へ両手を置いた。
「その先も、商会として依頼を受けられるようにしてください。国内に人を置く場所も必要です。商館と工房の返還についても」
「ああ。返還は、別の話ですね。オレがここでお返しできるものではありませんから」
レヴィンは脇にあった依頼書を広げた。
「ただ、人を置く場所なら話はできます。今回の七日間が終わった翌日から、次の搬送があるんです。二日間で六人。向こうの聖堂から、受入れ日の返事も来ています」
「まだ、人は揃っていないんですか」
「揃っていたら、お願いしませんよ」
差し出された依頼書には、患者を引き渡す町と日付があった。
「これからも本部で仕事をまとめて回します。国内に窓口と宿舎を置くことも、王国へ勧めましょう。その代わり、国内の派遣は本部を通す。本部から頼む仕事を優先していただきたいんです」
「ほかのお客からは、受けられない?」
「受ける分はこちらへ持ってきてください。必要な人数をこちらで割り振りますから。客を探して歩かなくても、仕事は来ますよ」
国内に窓口があれば、客はそこを訪ねてこられる。島へ手紙を送り、返事を待ってもらわずに済む。泊まる場所も決まれば、その都度、六人分の部屋を探す必要もなかった。
けれど、客が訪ねてきても、引き受けるかどうかを決めるのは本部になる。
「何人に、何日分の仕事を約束していただけますか」
「行き先も患者の人数も、毎日変わるんですよ。半年先の注文書が欲しいんです?」
「ほかの仕事を断って空けた日の分を、どう払っていただけるか伺っています」
レヴィンは二日間の記載を指で押さえた。
「ここなら、お支払いできます。その先はまだ決まっていませんから、約束できませんね」
「では、この先の話はお受けできません。今回の七日間を終えたら、島へ戻します」
「島の石鹸も、材料が届かないそうですね」
鞄の中には、花石鹸を待つ商人の注文が入っていた。
そこまで知っているのね。注文を見せても、材料が来るのはいつかと聞かれるだけね。
「ええ。だから、給金を払うための仕事が必要です。本部からの注文がなくても、ほかの仕事を受けられない。その条件で残すことはできません」
「困りましたね。こちらも、先の支払いは増やしたくないんです。石鹸に出した金がいつ戻るかも分からない。治療費はよその聖堂へ出ていくし、搬送にいくらかかるかも分からない。王国も、しばらくは支払いにうるさいでしょうから」
リールは卓に置いていた両手を膝へ戻し、椅子に深く座り直した。
先の注文は約束せず、六人を雇っておく金はこちらに出させる。ほかの仕事を受けさせずに待たせるなら、若手四人にもその間の給金を払わなければならない。次の注文が来る前に、商会の金が尽きてしまう――。
いや、ちょっと待って。
私が給金を払い続けられれば、この人は必要な日の代金だけで済む。私が稼げる方が、この人だって助かるじゃない。
リールは背もたれから身を起こし、卓に広げられた依頼書へ手を伸ばした。
「それなら、本部の仕事がない日は、ほかのお客の仕事で給金を賄わせてください。必要な日と人数を決めて、依頼してください。その分は空けます。まだ決まっていない日は、商会で仕事を受けます」
レヴィンの指が、依頼書から離れた。
「その間に、うちが頼みたくなったら?」
「空いている人を出します。必ず六人必要なら、先に六人分の依頼を出してください」
「では、本部から頼んでも、断ることがある」
「この二日間を引き受けたら、ほかのお客には断ります。その間は、本部と約束した六人を出します」
レヴィンは椅子の背に体を預けた。開いた窓から馬のいななきが入り、廊下を行く靴音が扉の前で止まった。入ってはこなかった。
「独自の客を取って、国内に窓口まで置く。それを王国に勧めてほしい、と」
国内に人を置けなければ、宿代も船賃もかさむ。その分を代金に含めれば、断る客もいるだろう。それでも、どの客の仕事を引き受けるかは自分で決めたかった。
「窓口がなくても、仕事は受けられます」
「ああ、そうですか」
レヴィンが身を起こし、卓上の依頼書をリールの前へ戻した。
「では、島の商会から人を出す形にしましょう。国内に商会の看板も、常設の窓口も宿舎も置かない。国内にいるのは仕事がある間だけで、その間は宿を借りる。派遣の営業に限るなら、話を持っていけます」
「商館を返さずに済む話には、しないでください。返還は引き続き求めます」
「ええ。求めることまで止めるつもりはありませんよ。ただ、短い仕事だと、宿代と船賃がかさみますね」
「こちらで負担する船賃や宿代は、代金に含めます」
リールは二日間の依頼書を引き寄せ、日付の下に並んだ条件をたどった。
「六人で二日間、銀貨百五十枚です。宿と食事は、そちらで用意してください」
「七日分の依頼より、割高ですね」
「二日間だけの契約ですから、七日まとめて受けるより、一日当たりの代金は上がります」
「……なるほど。その先は約束できないと言ったのは、オレでしたね」
レヴィンの口元に笑みが戻った。
「その二日間は、六人でお願いします」
「王国の許可が出たら。その日程と人数で、先に契約を交わしてください。頼むかもしれない、では空けておけません」
「ええ。そこは買いましょう」
チコが依頼書を手元へ寄せると、レヴィンはリールの鞄を示した。
「あと、国内で受けた契約書は、本部にも出してもらいます」
「どの部分を確認なさるんですか」
「誰が、どこで、何をしているか。資格に合わない仕事を任されても困りますし、同じ人を同じ時間に二か所へ出すわけにもいかないでしょう?」
「それなら、派遣する人の名前と仕事内容、行き先、期間を出します。お客との値決めまで、お渡しする必要はありませんね」
「出していただいた内容が、契約と違っていたら?」
「商業ギルドで、契約と合っているか確認してもらいます」
隣でチコの猫耳がピクッと立った。リールのほうへ顔を寄せ、依頼書を持ったまま声を落とした。
「それ、毎回うちで突き合わせるんだよね。手数料はもらうよ」
「もちろん。お願いできる?」
「名前と行き先と、仕事内容、期間ね。そこまでなら、うちで見られる」
レヴィンはチコが書き留めるのを待ち、リールへ手を差し出した。
「報告は、派遣する前にお願いしますよ。資格に合わない人を出されてからでは困りますから」
「仕事が決まり次第、お知らせします」
リールはその手を取った。以前、商館の応接室で向かい合ったときには、机も椅子も商会のものだった。あの部屋で、もう一度客を迎えたかった。
握手を終えると、リールはチコがまとめた条件を受け取り、鞄へ収めた。
* * *
最初の搬送を終えた夕方、王国の返事が届いたと、本部から知らせがあった。リールはテオとシェイムを連れて立ち寄り、二人には入口で待っていてもらった。
国内に常設の拠点を置かず、派遣の仕事に限って営業を認める。書面には、本部以外からの依頼も受けられることが記されていた。リールはそれを受け取り、次の二日間の契約を交わした。
外へ出ると、テオが階段の下から駆け上がってきた。シェイムも、裾を押さえてその後に続いた。
「どうだった?」
「次の仕事も、商会で受けられるわ。本部以外のお客からもね。今の仕事が終わったら、続けて二日間の搬送を頼まれたの」
テオは大きく息を吐き、階段の手すりに両肘をついた。シェイムも胸元に添えていた手を下ろし、ほっとした顔で笑いかけてから、声を潜めた。
「商館は、戻らなかったんですか」
「ええ。国内に宿舎も置けないから、仕事のたびに宿を借りることになるわ」
「そっか。じゃあ、島の連中と交代で来るんだな」
テオが腰の剣を直すと、シェイムも通りの先にある宿のほうを向いた。
「宿に戻ったら、みんなにも知らせましょう。次の予定が決まっていたら、安心できますし」
「あいつら、次も連れてけって言うぞ。島に残った連中も黙ってねえだろうな」
テオは口の端を上げ、リールの先に立って階段を下りた。




