第80話 依頼を持って
リールは作業台の端へ小箱を寄せ、チコに椅子を勧めた。女が持ってきてくれた水を渡すと、チコは鞄を足元へ下ろし、椀を傾けた。
「エズさんは?」
「まだ見つかってないって。治療を受けてた人も、ほかの聖堂に運んでる」
チコの額には、まだ汗が残っていた。港からここまで、休まず来たのだろう。リールは隣の椅子へ座り、女が小箱を棚へ移す間、チコの続く言葉を待った。
「怪我した冒険者は、今、ルミナに運んでるんだけどさ。あそこだけじゃ受けきれないんだよ。もともと、ルミナで治せない人はヴェールへ送ってたでしょ」
「ほかに、引き受けてもらえるところはあるの?」
「ほかの受け入れ先が決まるまで、待ってる人もいる。昨日、護衛に出るはずだった人も、まだ治療が終わってなくてさ。荷車を出せなかったんだよね。代わりを探せって言われても、相棒が治療中だったり、そもそも今は受けたくないって断られたり」
棚には、花を入れるための小箱が並んでいた。次の便で材料が届けば、ここに二十輪と、テオが頼んだ一輪を収めるつもりだった。
「石鹸が届かなくなったのも、その影響なのかしら」
「うーん、そっちの方は分かんない。でも、こっちは人を運ぶ車まで足りなくなってさ。ノノちゃんが運び手を集めてるんだけど、道中につく冒険者まで一緒には頼めないじゃん」
チコは足元の鞄から封筒を取り出した。商業ギルドの名が入った依頼書を広げ、作業台へ置いた。
「それで、今日は仕事を頼みに来たんだよ。ノノちゃんとも話してきた。商業ギルドから、リール商会に依頼したいの」
別の町の聖堂へ負傷者を運ぶ手伝いと、道中の護衛。必要な人員は六人で、期間は働き始めてから七日間。代金は銀貨四百二十枚で、現地の食事と寝床は商業ギルドが用意するとあった。
「荷車を回す方は、アタシらでやる。運ぶ日と、どこの聖堂へ向かうかも伝えるから、人を出してもらえないかな」
リールは、往復の船賃と給金を合わせて考えた。島の工事に残す人も要るが、テオたちと若手の一部なら送り出せる。
「人は出せるわ。ただ、うちの商会は王国内で営業するなと言われているの」
「そこまでは、アタシらじゃ変えられない。でも、うちから頼んだ仕事だってことは、向こうにも話すよ」
依頼書に報酬の半額は仕事を始める前に払うと記されていた。船賃は商会が先に出しても、働き始めれば戻せる。
レヴィンさんは、この依頼書を見ても、国内で商売をするなと言うのかしら。
「営業の許可を取ったうえで、引き受けたいわ。私も一緒に行くから、レヴィンさんに話を通してもらえる?」
「着いたら、アタシから連絡する。でも、一度向こうへ行って、また人を呼びに戻るの?」
「人も連れていくわ。許可が出たら、そのまま働いてもらえるように」
リールは依頼書を畳み、商会の帳簿を入れている鞄へ収めた。
「じゃ、ノノちゃんにも、一緒に戻るって知らせるよ。誰が来るか決まったら、名前も教えて」
* * *
夕方、家へ戻ってきたテオとシェイムに、リールは食卓で依頼書を見せた。東の浜から戻ったコレットも、材木の注文書を脇へ寄せ隣に座った。仕事内容を聞くと、テオは六人と書かれたところを指した。
「俺は行ける。運ぶ方なら、四人連れていけるぞ。荷車を引いたことのある奴もいる」
「私も行きます」
シェイムは依頼書を自分の方へ寄せ、行き先の欄を読んでいた。
「私が動けなかったときも、運んでくださった方がいたので。今度は、私も手伝いたいです」
「担架も使うだろうな。人を乗せる前に、持ち方は見ておくぞ」
テオとシェイムが、連れていく若手の名を挙げ始めた。港で荷車を引いている者と、浜で採取者の籠を運んでいた者がいた。コレットは帳簿を開き、島に残る若手の名を指で押さえた。
「四人が向こうへ行っても、工事には人を残せる。ただ、シャマイラの方と重なるよ」
「納品は、いったん中止させてもらうわ。引き受けている分は、ギルドからほかの冒険者へ頼めないか相談する。前金も返しましょう」
「また頼んでもらえるように、休む理由もちゃんと伝えておこうね」
コレットが出してきた便箋に、リールはメルカトールのギルドへの手紙を書き、落ち着いたら再び引き受けたいと添えた。返す前金も、商会の金から取り分けた。
若手たちにはテオから声をかけてもらい、同行を希望した四人へ、リールから仕事と給金を説明した。船に乗っている間も給金を払い、帰りの船賃まで商会で用意する。
最初に剣を使う仕事を求めてきた少年は、依頼書を読み終えると食卓の向こうのテオを見た。
「あの、担架を持ったまま、魔物が出たらどうすればいいですか?」
「降ろす場所を先に探せ。剣を抜く前に、乗ってる人を守るんだ。俺たちが前に出る」
少年は依頼書を連れへ回し、荷袋に詰める物を二人で相談し始めた。
* * *
出発の支度を進める間に、メルカトールから返事が届いた。次の納品は別の冒険者へ頼めることになり、リール商会の受注は一時中止となった。前金の返還を済ませると、コレットの帳簿から、次の狩りに出る予定が外された。
帳簿には、東の浜へ届ける材木の代金と、職人の手間賃が書かれていた。リールが留守の間に使う金を渡すと、コレットは大工から受け取った見積もりと一緒に収めた。
「建築は、そのまま進めて。島に残る人の仕事もお願い」
「分かった。大工さんへの支払いはアタシがやる。布屋さんの店も、柱を立て始めたよ」
「帰ってきたら、見せてね」
「うん。向こうで新しい仕事を受けたら、こっちにも知らせて。人の予定が変わるから」
食卓の向こうでは、若手が荷袋の紐を締め直していた。テオは剣を提げた腰を指して、船の上で荷物に引っ掛けないように教えている。リールは、商業ギルドの依頼書を鞄へ入れた。口を閉じる前に、コレットが船賃の袋を差し入れた。
「チコさんから聞いたよ。レヴィンに会うんだって」
「ええ。営業の許可を取らないと、この仕事もできないから」
コレットは鞄から手を抜くと、眉を寄せてリールを見上げた。
「また、勝手なこと言ってくるんじゃないの」
「その場で聞くわ。依頼を出してくれた商業ギルドにも、一緒に来てもらうのだから」
外からチコが呼ぶ声がして、リールは鞄を肩へ掛けた。コレットと一緒に戸を出ると、荷物を持った冒険者たちが通りに並んでいた。
港では、船員が渡し板の下で、荷を積む場所を指示していた。リールはテオたちに続いて船へ乗り、チコから、ノノにも出発を知らせたと聞いた。
コレットが桟橋から手を振る中、船が岸を離れた。東の入り江では、杭の上に組んだ柱の間を、材木を担いだ人が歩いていた。チコが船縁を伝って、リールの隣へ来た。リールは鞄の上から、商業ギルドの依頼書を押さえた。
「奪い返しに行くわよ」




