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境界線の商人  作者: カミツキ
四章 銀貨争奪船

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第79話 次の便

 翌朝、港の裏通りの家には、布商人と食堂を営む夫婦が訪れた。食卓に広げた見取り図を挟み、コレットが向かいへ座った。リールは隣で、先に道具屋へ貸すと決まった店の位置を示した。


 布商人は、店先に布を広げる台が欲しいという。夫婦は厨房の広さを気にしていたが、海に面したところへ客席を作れると聞くと、妻が夫の腕を叩いた。


「船を待ってる間に、ここで食べてもらえるね」

「魚もすぐ仕入れられるな。今の店より、品を増やせるかもしれん」


 コレットは二人が運び込む鍋や竈(かまど)の話を聞き、見取り図へ書き加えていた。客席の置き方まで話が進むと、リールは大工の見積もりを隣へ渡した。昨日、二人で決めた金額の中で建てられる。コレットが決めた家賃と引き渡しの日をそれぞれが了承し、食卓には、商会名を入れた受取書が並んだ。


 * * *


 東の浜へ材木が運ばれるようになると、港から入り江へ続く道を、冒険者たちも行き来するようになった。リールが支払いの金を持って浜へ下りたときには、浅瀬に立てた杭の間へ、太い横木が渡されていた。


 若者たちが肩に載せた材木を下ろすと、大工が海へ入り、支える位置を直させた。寄せる波に足を取られた若者の脇を、島の男が抱えて支えた。


「膝を突っ張るなよ。波が引いてから動きな」


 砂浜では、コレットが道具屋の男と、運ばれてきた棚板を確かめていた。男が持ってきた長い柄の道具を立ててみせると、コレットは板を重ねた場所へしゃがみ、幅の違うものを引き出した。リールに気づいたときも、棚板を抱えたままだった。


「リールさん。大工さん、今は手が離せないから、残りの支払いは夕方でいいって」

「分かったわ。家へ寄ってもらうように伝えておいて」


 杭を打つ音の合間に、木を挽く音が続いた。まだ床のない場所で道具屋が店の奥を指し、コレットが浜からの道を振り返っている。リールは二人の話を邪魔せず、昼の食事を運んできた夫婦のところへ歩いた。


 店を借りると決めた妻から、泊まっている宿の台所を使い、工事の人へ昼食を売りたいと相談されたのだ。コレットが値段と人数を決め、商会で買うことになっていた。


「今日は魚を煮てきたんです。これだけ身体を動かすなら、パンも多い方がいいでしょう」


 蓋を開けると、煮汁の匂いに、近くの若者が顔を上げた。リールも空いている籠を持ち、夫が切ったパンを並べるのを手伝った。休憩に上がってきた若者たちは、濡れた脚を拭きながら、鍋の前へ集まってきた。


 夫婦に食事の代金を渡すと、妻はエプロンの下の財布へしまい、海の上の横木を眺めた。


「あそこに座って食べてもらえるようになったら、もっといいんですけどね」

「私も、あそこで食べたいです」


 今は立っているだけの杭の先に、リールは窓辺の席を思い浮かべた。


 * * *


 貝細工の店の奥でも、花石鹸の注文が続いていた。最初の十輪を買った商人は、その後も島へ寄るたびに注文を持ち込み、練り直すための石鹸も取り寄せてくれるようになっていた。届く石鹸には、以前と同じヴェール大聖堂の印が押されていた。


 リールが店へ入ると、女が花びらの外側へ小刀を入れていた。仕上がった花は、最初のものより外側が開き、布を敷いた小箱いっぱいに広がっていた。


「こっちの咲き方もいいね」


 女は彫り終えた花を持ち上げ、裏に押した三つ葉を確かめてから小箱へ収めた。


 その朝に引き渡す二十輪は、商人が来る頃には木箱へ収まっていた。男は小箱を一つ取り出し、蓋を開けた。


「贈られた方が、今度は贈る側になって買いに来るそうですよ。婚礼だけでなく、訪問の手土産にも使いたいと」

「持ち帰る間に、欠けたものはありませんでしたか」

「ええ。店でも、この箱のまま渡しています。開けたときがいいんだそうですよ」


 女が仕事場へ残していた一輪を、リールは窓の下へ寄せた。花びらの縁に入った海藻の粒が、光の当たるところでは淡い緑に見えた。


 誰かの家で、この蓋が開けられている。使い始めるまで、飾っておく人もいるのかしら。


「次も、同じ数をお願いできますか」


 男が女の方を向くと、小刀を布で拭いていた手が止まった。


「貝細工の注文があるから、前より少し待ってもらうよ」

「店には、まだ並べられる分があります。仕上がる日に合わせましょう」


 リールは女と作業の日を決め、商人へ返事をした。納めた二十輪の残金と、次の注文の前金を受け取ると、男は帰りの船へ木箱を運ばせた。女への給金を渡して外へ出ると、東の浜へ向かう荷車が通りを曲がっていった。板材の上には、布商人が頼んだ大きな台も積まれていた。


 貝細工の店を出たところで、軒下にいたテオがリールを手招きした。


「リール、ちょっといいか?」

「どうしたの? そんなにこそこそして」

「あのよ。花石鹸を一つ、予約できねぇか?」

「予約? あなたが使うの? ……もしかして、シェイムにあげるの?」


 テオが慌てて通りを振り返ったので、リールもつられてそちらを見た。荷車が一台、二人の前を通り過ぎていった。


「馬鹿、声がでけぇよ。そんなんじゃねぇって。あいつ、洞窟であんな目に遭ったのに、冒険者を続けて、俺のクランにも入ってくれただろ。だから、その……ちょっとした礼ってやつだ」

「ふうん。シェイム、喜ぶでしょうね」

「茶化すなよ。で、どうなんだ? 予約できるのか?」

「ええ。あなたの分も、一つ頼んでおくわ。できたら知らせる」

「よっしゃ。ありがとな」


 港の方へ走っていくテオを見送り、リールは店へ戻って女にもう一輪追加で頼んだ。


 * * *


 次に商人の船が入った日、リールが港の倉庫で荷下ろしを待っていると、男が近づいてきた。


「注文の石鹸は、今回は持ってこられませんでした。仕入れ先に、用意がないと言われまして」

「次の便には、載せてもらえそうですか」

「もう一度頼んできます。今回は、いつ渡せるかも、教えてもらえませんでした」


 石鹸を使い切る前に、受け取れるはずだったのに。


「納める日までは、まだあります。次の便で届けば取り掛かれるように、こちらも準備しておきます。向こうで何か分かったら、知らせてください」


 貝細工の店で届かなかったことを伝えると、女は棚から残った石鹸を下ろした。包みの中には、薄い欠片だけが残っていた。


「今日は花を彫れないね。海藻の方を用意しておこうか」

「お願いします。箱に敷く布も、先に切っておきましょう」


 女が海藻を挽く間、リールは小箱に合わせて布を切った。用意できた分を棚へ並べ、材料が届いたら使えるよう、鍋と作業台を空けて店を出た。


 東の入り江では、岸から延びる通路に床板が張られていた。コレットが大工と歩いているところへ近づくと、板の隙間を通った光が、足元の浅い海に揺れた。


「石鹸、届いた?」

「今回はなかったの。次の船を待つわ。こちらは、もう歩けるようになったのね」

「まだ店の方は駄目だよ。道具屋さん、待ちきれなくて入ろうとしてたけど」


 リールは渡したばかりの板材の手前で足を止めた。コレットはその先の杭を指して、店の床がどこまで延びるのか教えてくれた。向こうから、大工が木槌を持って戻ってきた。


 浜へ下りて道を空けると、コレットは布商人から預かった代金をリールへ渡した。


「台の分。店に入れる前に、払ってもらったよ」

「ありがとう。戻ったら、大工さんへの支払いに入れておくわ」


 海の上で木槌が鳴り始めた。リールは受け取った代金を鞄へしまい、貝細工の店へ戻った。


 店の奥で小箱に布を敷いていると、表からリールを呼ぶ声がした。戸口へ駆け込んできたのは、チコだった。肩からずれた鞄を肘に引っかけたまま、息を切らしている。額には髪が貼りつき、リールを捉えた目が見開かれていた。


「リールさん。ヴェール大聖堂が崩れたんだよ」


 リールは布を押さえていた手を離しチコを見つめた。


「崩れたって……どういうこと? 何があったの?」

「分かんない。向こうでも、まだ原因は分かってないんだって」

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