↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界線の商人  作者: カミツキ
四章 銀貨争奪船

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/83

第76話 戻ってきたもの

 港の坂の上の宿舎へ若手たちが移ってからも、荷運びの仕事は続いていた。リールがコレットと港の倉庫へ行くと、船から下ろされた木箱を、クランの若者たちが奥へ運び込んでいた。戸口では、荷主の商人が倉庫へ預ける荷の置き場所を指示していた。


「そちらは返品です。王国へ返すので、入口の近くへ置いてください」


 若者が下ろした箱には、ヴェール大聖堂の名があった。コレットがその前で足を止めると、商人は蓋を開け、中の包みを一つ取り出した。


「石鹸なんです。管理が変わっただけで、工房も同じだと聞いて仕入れたんですが」


 紙の中から出てきた灰色の石鹸には、大聖堂の印が押されていた。リールは受け取って裏返し、縁まで指でたどったが、三つ葉はどこにもなかった。


「売れなかったんですか」

「これまで三つ葉の石鹸を扱っていた店へ卸したんです。でも、客がいつもの印の品を欲しがるそうで。残った分を返されてしまいました」


 包み紙には、王国に残してきた工房の住所が記されていた。


「……三つ葉のを、待ってくれてるんだね」


 コレットの声に、リールは紙を畳む手を止めた。


「この工房は、以前、私の商会が使っていたものです」

「では、リール商会の? こちらでまた作っていらっしゃるんですか」

「今は工房も、脂の仕入れ先もありません」


 リールは商人に断って石鹸の端を少し削り、倉庫の水場で手を洗った。泡を流したあとに指を擦り合わせると、以前と変わらず滑らかで、獣脂の臭いもほとんど残らなかった。


 倉庫の前では、若者が海藻の籠を別の荷車へ移していた。籠からはみ出した干し葉は、くすんだ緑色をしていた。


 この石鹸を練り直せれば、脂から作らずに済む。海藻を少し混ぜたら、この色も残るだろうか。


 自分の金で整えた工房の品を、今度は私が金を払って買うのね。


「この箱の分を、買い取らせてください」

「こちらで売られるんですか」

「少し加工してみたいんです。次に島へ寄られたとき、できたものを見ていただけませんか」

「王国から戻るときにも、この島へ寄ります。それなら、伺いましょう」


 値段を決めて代金を渡すと、リールは荷運びを終えた若者に、買った箱を家まで運んでもらった。


 * * *


 リールは港の貝細工の店で、火を使える奥の一室を借り、鍋と作業台を入れた。海藻は採取の護衛を頼んでくれる倉庫の男から少し買い、乾かして細かく挽いてもらった。


 石鹸を少量ずつ温め直して海藻を混ぜ、見本を作ると、灰色の中に緑がかった細かな粒が残った。コレットと使って泡立ちや洗い上がりを確かめる間、店の女は、そばで貝の髪留めを仕上げていた。


「それ、少し削ってもいいかい」


 リールが見本を渡すと、女は小刀で角を落とし、外側に薄い切れ込みを入れた。石鹸を指の中で回すうちに、丸い縁が花びらになって重なっていった。


「こんな花にしてみたんだけど、どうだい」


 作業台へ置かれた小さな花に、コレットが顔を寄せた。


「石鹸で、こんなの作れるんだ」

「貝の飾りでも花を作るからね。ただ、薄くしすぎると欠けそうだ」


 リールは花を持ち上げ、掌に載せた。小刀の通った跡が花びらの内側に残り、干した海藻の粒が、その縁を淡く色づけていた。


 箱を開けた人がこれを見たら。


「贈り物にできそうですね。この形で、十輪お願いできますか」

「貝細工の注文もあるから、毎日は無理だよ」

「手の空く日で構いません。作業する日と給金を決めましょう」

「箱も要るね。これを紙で包んだら、花びらが潰れちゃう」


 コレットは小箱に布を敷き、花が動かないように収めた。


 リールは女と仕事を頼む日を決め、大工には小箱と、新しい三つ葉の木印を注文した。コレットと材料代や手間賃を合わせ、商会に残す分を含めて、商人へ出す値段を決めた。


 * * *


 商人の船が再び島へ入った朝、作業台には十輪の花が並んでいた。どれも灰色がかった淡い緑色で、花びらの開き方が少しずつ違う。底に三つ葉を押した花を、女が一輪ずつ小箱へ収めていた。


 リールが商人を案内すると、浜の仕事を終えたテオとシェイムも、報告に来て入口から作業台を覗いた。


「これが、あの石鹸ですか。花の形にしたものは、初めて見ました」


 商人は開いた箱へ手を伸ばしかけ、花びらの手前で止めた。


「底を持っていただければ大丈夫です」


 リールが一輪を取り出して渡すと、男は掌に受け、窓から入る光の下で眺めた。


「島の海藻を加え、こちらの方が一輪ずつ仕上げています。底には、うちの印を付けました」


 男が花を傾けると、三つ葉が現れた。


「贈り物を探している方へ、お持ちいただければと」

「セレティアで婚礼の品を扱っている店があります。あそこなら、見せるだけでも喜びそうだ。洗うのにも使えるんですね?」

「ええ。こちらで試してみてください」


 リールは製作の際に出た欠片と水を用意した。男は指先で泡立て、洗った手を布で拭いてから、もう一度花を手に取った。


「一輪、おいくらですか」

「箱込みで、銀貨十枚です」


 男は花を小箱へ戻し、蓋を閉じてから、もう一度開けた。


「これが出てくるなら……婚礼の祝いに選ぶ方もいるでしょうし、贈答品として見栄えもします。店では十五枚を付けても、買う方はいそうですね」


 戸口にいたシェイムが、テオの袖を引いた。


「一輪で十五枚……。前にお昼を食べたときは、二人で銀貨二枚だったのに」

「そりゃ、俺も貰ったらすぐには使えねえな」


 テオの返事を聞きながら、リールは男が開けた箱の脇へ、残りの花を寄せた。


「今、お渡しできるのは、この十輪です」

「では、全部いただきます。次も注文できますか」

「ええ。数と納期は、作り手と相談してお返事します」


 女が商人に声をかけた。


「箱は立てず、上に重い荷を載せないでおくれ」

「上へ荷を積まないようにします」


 リールは銀貨百枚を受け取り、商会の名を入れた受取書を男へ渡した。


「次のご注文は、半額を先にお願いします。残りは、商品をお渡しするときに」

「店へ見せたら、次の数を知らせます。今度は、こちらから注文を持ってきたいですね」


 十輪の小箱を収めた木箱を若者が抱えると、男は船で積む場所を伝え、一緒に港へ下りていった。


 リールは通りへ出て見送り、戻ってきてから、作業台の向かいに座った女へ、約束していた給金を渡した。女は銀貨を袋へしまうと、残してあった見本の花を持ち上げた。


「次は、もう少し開いた花にしてみたいんだけど」

「お願いします。試作の日の給金も、同じように払います」


 女が小刀を取ると、リールは新しい三つ葉の木印を布で拭き、作業台の引き出しへしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。