第75話 入りきらない
二便目の納品を終えて島へ戻った晩、リールが食卓へ運んだパンの籠を、テオが隣のシェイムへ回した。メルカトールで受け取った代金はコレットの鞄に収まり、ギルドからは次の便の狩りも頼まれていた。二人とも、来月もここで働くと返事をしている。
「リール。クランに、もっと人を入れてもいいか。ここへ連れてきてえんだ」
「うちの仕事も、頼める人?」
「おう。まだ採取ぐらいしかやってねえ奴もいるけど、俺が連れてく。いきなり一人で狩りに出したりはしねえよ」
テオはパンをちぎりながら、メルカトールで話しかけてきた若い冒険者のことを話した。クランに入りたいが、まともな仕事を任されたことがない。狩りに同行させてもらえないかと聞かれたという。
「俺たちも、二人でやれる仕事ばっか探してるだろ。もっとでかいのを受けられるようにしたい。最初から強い奴ばっか待ってても、集まらねえしな」
「採取なら、私も一緒に行けます。帰りにシャマイラを運ぶ人も、増えると助かります」
シェイムの皿へ煮魚をよそいながら、リールは留守の間に届いた護衛の相談を思い出した。二人が狩りに出ている日は断ってきたが、テオについて仕事を覚える人が増えれば、島の仕事にも人を残せるようになる。
「まず四人、連れてきて。採取と荷運びから頼むわ。給金は最初、働いた分をその日のうちに払う。島にいる間の食事と寝床も用意する」
「俺が面倒見る。シェイムも頼むぞ」
「はい」
「寝床は、港の宿に部屋を借りようよ」
コレットが二階を指した。
「ここへ寝具を足したら、階段まで行けなくなる」
「そうね。食事の数も増やすわ。本人たちにも、仕事と給金の話をしてから決めてもらいましょう」
* * *
テオが家へ連れてきた四人を、リールは食卓へ案内した。椅子だけでは足りず、二人には台所から運んだ腰掛けに座ってもらった。
いちばん若く見える少年は、リールが仕事の話を始めても、剣の柄から手を離さなかった。
「剣を使う仕事は、ないんですか」
「テオに腕を見てもらってからね。まずは浜で採取者について、採ったものを運んでほしいの」
「運ぶだけなら、港でもできます」
「じゃあ、海から何か上がってきたら、どうする?」
テオに聞かれ、少年は柄を握り直した。
「抜く前に、採ってる奴を呼べ。そいつらと一緒に戻るんだ。荷物を捨てて戻ることもある。ついて来れば、その辺も教える」
少年がようやく手を離すと、隣の若者が、自分は荷車を引いたことがあると申し出た。リールはその二人を、翌朝の採取へテオと一緒に送ることにした。
浜で荷を受け取る日、リールが倉庫の男と待っていると、少年は採取者の籠を両腕で抱えて上がってきた。坂の途中で後ろを振り返り、遅れていた採取者が追いつくまで、その場で待っていた。腰の剣は鞘に入ったままで、濡れた裾には海藻が絡んでいる。
「その籠は、こっちへ」
倉庫の男に呼ばれ、少年は荷車まで運び、先に載っていた籠の横へ収めた。後ろからテオと採取者たちも戻ってきた。男は少年へ空の籠を差し出した。
「もう一往復、できるか」
「できます」
「だったら午後も頼む。今日はいつもより、よく採れた」
男が仕事を追加すると、少年はリールのところへ戻ってきた。
「午後の分も、給金は出ますか」
「ええ。食べてから、テオと行ってきて」
少年は腰の剣を直し、空いた籠を荷車の脇に置いて、テオと食堂へ向かった。倉庫の男は二人の背中を見ながら、リールへ声を掛けた。
「次の採取にも、あの子たちを頼めるか。運んでもらえると、こっちは採る方へ人を回せる」
「次の採取はいつですか」
「次の船が来る前の日だ」
その日は、テオとシェイムがメルカトールへ発つ前だった。
「では、次もテオと一緒にお送りします」
ひと月の間に、リールの家には、宿へ預ける荷袋が何度も運び込まれた。最初の四人が採取や護衛の仕事を終えて給金を受け取ると、その話を聞いた仲間も船で島へ来た。テオとシェイムが狩りへ出ている間も、島の倉庫の荷運びは若手に頼めた。給金と宿代を払ったあとに、手元へ残る金も増えていた。テオと仕事をして覚えたいという若手をさらに四人受け入れた。
リールが宿から家へ戻ると、玄関には今朝着いた若者の荷袋が並び、コレットが食事の籠を横向きにして、その間を通っていた。
「リールさん。宿、どうだった?」
「今借りている部屋は、そのまま使えるわ。でも、これ以上は増やせない」
「こっちも、食卓を大きくするだけじゃ足りないよ。皿を置く場所もない」
食卓の端には、若者が受け取った給金で買ってきた砥石が置いてあった。部屋がないから、せっかくここまで来た人に帰ってもらうのか。
リールは戸口を塞いでいた荷袋を壁際へ寄せた。
「寝泊まりする建物を、建てましょう。大きな食卓も置けるように」
「材料代を出したら、給金が払えないっていうのは困るよ」
「終わった仕事の代金から出すわ。給金と、次の仕事に使う分は残しておいて。大工さんに、いくらで建つか聞いてくる」
* * *
メリオシーに港の坂の上の土地を借り、島の大工に建物を頼むと、若者たちは仕事のない日に材木を運び始めた。自分たちの寝床になると聞き、宿へ帰る前に手伝いたいと申し出る者もいた。リールはその分の給金も払うと約束し、コレットと用意した金から、材木代と職人の手間賃を支払った。
柱が立ち始めた頃、追加の釘を届けに行くと、坂道で材木を担いでいた若者が、肩に青白い火花を散らした。さっき同じ道を上がっていたときより足が速い。
リールが追いついたところで、テオが材木の反対側を持ち上げた。
「もう魔法はやめとけ。腕、震えてんぞ」
「まだ魔力は残ってます」
「飯食う手まで上がんなくなるぞ。あと何本運ぶと思ってんだ」
若者の肩で火花が消え、二人で担いだ材木が、大工の指した場所へ運ばれた。テオは若者を日陰へ座らせると、次の材木を運んでくる者にも声をかけていた。
リールは大工へ釘を渡し、シェイムが持ってきた水を若者たちと一緒に飲んだ。休んでいた若者は椀を膝に置くと、テオへ身体を向けた。
「剣だけじゃなくて、魔法も教えてもらえるんですか」
「使える奴はな。明日の朝、剣と一緒に見てやる」
「魔法は、どこで習ったんですか」
シェイムが尋ねると、テオは空になった椀を差し出した。
「学校だよ。ミゼルディアの国立ミルファーゼ魔法学校を出た」
「ミルファーゼを……? 国内で一番入るのが難しい、あの学校ですか」
水を注ぎ足そうとしていたシェイムが、椀を受け取ったままテオを見ていた。若者たちも会話をやめ、さっきまで一緒に材木を担いでいた彼を見ている。
「おう。ちゃんと卒業したぞ」
「どんな授業だったんですか。やっぱり、難しい教科書をたくさん?」
テオの目から生気が抜け、柱の間から遠くの海を眺め始めた。
「教科書は読んだことねえな……。毎日実験だった」
「俺たちも、実験するんですか」
若者が尋ねると、テオは彼の方へ顔を向けた。
「先に剣をまっすぐ振れるようになれ。明日はそっちからだ」
「おい、梁を上げるぞ。手を貸してくれ」
大工に呼ばれ、テオが立つと、若者たちも椀をシェイムへ返して持ち場へ戻った。リールは運ばれてくる梁のために道を空け、柱の脇で縄を引く若者たちを見守った。
大工の声に合わせて梁が上がり、柱の上に収まった。その下には、向こうの海が見えた。
あそこへ屋根を掛ければ、新しく来た人の寝床も用意できる。
「シェイム。お昼は、ここで働いている人の分も頼んであるの。テオたちに伝えて」
「はい。運ぶのも、みんなで行ってきます」
シェイムが坂を下りていくと、梁を収めた若者が、柱の間に残った縄をほどき始めた。リールは若者の隣へ行き、通り道に散らばっていた木片を拾い上げた。




