第73話 帰ってくる場所
テオが大きな荷袋を抱えて入ってくると、リールは玄関の戸を押さえ、後ろのシェイムも中へ通した。一階の食卓にはコレットが帳簿を広げていたが、二人の荷物を見ると、椅子を引いて階段までの道を空けた。
「これ、全部借りたのか?」
「ええ。まずひと月ね。部屋は上よ」
最初の海辺の護衛から、数週間が経っていた。倉庫の男に繰り返し頼まれるうち、荷を受け取る商人からも声がかかった。午前と午後で別の仕事を引き受ける日も増えた。宿代と給金を払ったあとに残る金を貯め、港の裏通りにある小さな家を借りたのだった。
二階には寝室が三つあり、リールとコレットの荷物は奥の部屋に運び終えていた。残る二部屋の戸を開けると、シェイムは窓のそばへ歩いていき、下の道から海へ続く坂を眺めた。
「港まで、すぐですね」
「船が着いたかどうかも、ここから見えるわ」
「私、こちらを使ってもいいですか」
「ええ。寝台も使って」
シェイムは荷袋を壁際に置き、中から取り出した着替えを寝台へ並べた。テオは隣の部屋へ荷物を運び、括りつけていた寝具をほどいている。
「こっちは、剣を置くとこがねえな」
「食卓に置かれるのは困るわよ」
「分かってるって。壁に掛けるか」
戸口から覗くと、彼は鞘に入った剣を寝台の脇へ立て掛けていた。荷袋に詰めてきたものが床や寝台へ置かれ、空だった部屋が狭くなっていく。リールは二人に、荷物を出し終えたら階下へ来るよう声をかけた。
* * *
階下へ戻ると、コレットが届いた昼食を食卓へ並べていた。近くの食堂に頼んだ四人分の煮魚とパンだった。
「二人の分は今日からだよ。遅くなる日は先に言ってね。食堂にも伝えるから」
テオが椅子に座り、シェイムも杖を壁際に置いて席についた。リールは二人の向かいに座り、食べ始める前に声をかけた。
「給金は、一人につき七日ごとに銀貨四十二枚。仕事が入っていない日も払うわ。ここでの食費と部屋代も、商会が出す」
「仕事がねえ日にも?」
「次の仕事を受けたとき、すぐに頼める人が欲しいの。食べるために、よその仕事へ行かれたら困るもの」
「クランの調査もあるぞ」
シェイムがテオに続いて口を開いた。
「海辺の調査は、続けたいです。まだ記録をまとめていない場所もあるので」
「調査に行く日は、先に相談して。その日に重ねて護衛は引き受けないわ。雇う期間は、まずひと月。その先も続けるかは、終わる前に相談するわ」
コレットは食費を書き出していた帳簿を食卓の端へ置いた。
「今の金で、ひと月分の給金と食費まで払えるのは二人だよ。増やすのは、その先ね」
「俺はここで働く。それでいいか、シェイム?」
「はい。私も、ここでお願いします」
コレットが給金の欄へ二人の名前を書き加える間に、リールは自分の皿を手前へ寄せた。
「じゃあ、食べましょう。午後にお客が来るから、二人にも話を聞いてほしいの」
テオはパンをちぎって魚の煮汁に浸し、シェイムも匙を取った。リールも食べ始めた。
* * *
午後、倉庫の男が玄関へ来ると、コレットが帳簿を端へ寄せて席を作った。リールは彼を食卓へ案内し、テオとシェイムも呼んだ。
「南へ船で一日行った港に、取引先の海藻加工場がある。そこへ二人、送ってもらいたい」
「王国の港を通りますか」
「通らない。向こうも別の国だ。うちの荷を運ぶ船便がある。二人分の席なら押さえられる」
男は海岸線と建物が描かれた見取り図を広げ、作業場と桟橋を線で繋いだ。
「出荷が始まると、ここの運び人が何度も往復する。そいつらと荷を守ってほしい。夜は運ばねえから、昼間だけだ。現地で七日間」
リールはテオとシェイムにも見えるよう、図を食卓の中央へ寄せた。
「道に出る魔物は、どんな姿ですか」
「亀みてえな脚と甲羅があるシャマイラが、海から上がってくる。今までは運び人が追い払ってたが、先月一人、腕を噛まれた。出荷の間だけでも、護衛を置こうって話になったんだ」
テオが作業場から桟橋までの線を指で辿った。
「浜で追い払ったのに似てるな。荷を運ぶ奴ら、ばらばらに歩かせるなよ。俺が海側を見てる。シェイムは運び人についてくれ」
「それは伝えておく。向こうで寝る場所と飯も、加工場で用意する」
「最初の荷を運ぶ前に、道を歩いてもいいですか」
シェイムが桟橋の手前を指した。
「海へ下りられる場所も、確かめておきたいです」
「朝に着けば、荷が出る昼まで時間はある」
リールは船の出る日と戻る便を聞き、二人に尋ねた。
「移動も含めると、九日間になるわ。行ける?」
「おう。今の調査は、昨日で終わってる」
「私も行けます」
コレットが給金と往復の船賃を書きつけた紙を、リールの隣へ置いた。リールは九日分の費用に商会の取り分を加えた。
「二人分で銀貨百六十枚です。往復の船賃も含みます。出発前にお支払いください」
「明後日の朝に船が出る。それまでに持ってくる」
テオが出港する桟橋を確かめる間に、リールは見取り図を畳んでシェイムへ渡した。
「持っていって。着いたら、加工場の人に案内を頼んでね」
* * *
出発の朝、食卓には四人分の朝食が届いていた。代金は前日に受け取り、二人の船賃も払い終えていた。コレットが、島を離れる九日分の給金を先に二人へ渡していた。
リールが食べ終えた皿を重ねていると、シェイムが二階から荷袋を持って下りてきた。着いた日に抱えていたものより、ずっと小さかった。
「それで足りる?」
「着替えと、仕事に使うものは入っています。書きかけの海岸図は、部屋の机に置いてきました」
テオも剣を腰に差して下りてきた。戸口の荷袋を片方の肩に担ぐと、コレットが残ったパンを包み、二人に一つずつ渡した。
「昼までにお腹空くでしょ。船で食べて」
「助かる。戻ったら、向こうの仕事も報告するぞ」
リールは玄関の戸を開け、二人を外へ通した。
「ええ。危なくなったら、荷より人を先に戻してね」
リールは二人と港へ歩き、出港を待つ船までついていった。倉庫の男が桟橋で船員を呼ぶと、テオが渡し板を上がり、シェイムも杖を片手に続いた。
帆を上げた船が桟橋を離れ、リールは沖へ出ていく船を岸で見送った。腰には家の鍵が入った袋がある。二人の寝具も、シェイムの海岸図も、あの家に残っていた。
二人が帰ってきたら、また一緒にあの食卓を囲む。次の仕事を渡せるよう、客を探しておこう。リールは船に背を向け、港の倉庫へ歩き出した。




