第72話 頼む相手
港へ下りると、小舟から引き上げた籠が次々に岸へ並べられていた。魚を買う声に混じり、海藻の束を数える声が聞こえる。リールがイサリについて荷下ろしの列を避けたところで、石段の下から聞き覚えのある声がした。
「テオさん、そっちは残してください。まだ使えます」
杖を脇に立てたシェイムが、濡れた袋から海藻を引き出していた。横ではテオが傷んだ葉をより分け、彼女へ渡している。
「シェイム?」
呼ばれた彼女は海藻を握ったまま顔を上げ、すぐに立ち上がった。
「リールさん! どうしてここに?」
「今日、島へ着いたの。あなた、テオと一緒に働いてるのね」
「はい。クランに入れてもらいました。今は、海辺の採取や、この辺りにいる魔物の生態調査をしています」
「洞窟は?」
「……まだ、入れません。でも、こっちにも知らないものがたくさんあって」
「そう。続けてたのね」
シェイムは握っていた海藻を袋に戻し、より分けたものを籠へまとめた。濡れた袖は肘までまくられ、足元にも海藻の束が並んでいた。
「リールも来たのか。店はどうした」
テオが袋の口を縛りながら石段を上がってきた。
「王国に持っていかれたわ。工房も、商館も」
「……は?」
「向こうでは、もう商売できないの。ここで始める」
テオは口を開きかけたまま、縛った袋を足元へ下ろした。
「持っていかれたって、お前の店だろ」
「そうよ。詳しい話はあとにさせて。今日は、このあと仕事が入ってる?」
「今の採取で終わりだ」
「前払いで仕事が取れたら、二人に頼みたいの。日暮れまで、護衛と見張りを」
「どこで?」
「この島よ。受ける前に場所と内容は二人にも確認してもらう。いくらなら引き受けられる?」
テオはシェイムにも、午後の予定がないことを確かめた。
「二人で銀貨十二枚。荷運びまで頼むなら、その分は別だ」
「コレット、この金額で計算して」
「行くのに舟が要るなら、その分も足すよ」
イサリが桟橋の先にある倉庫を示した。
「あそこで、浜へ出す護衛を探してたぜ。水先はここまでだ。アタシは外から来た船の話を聞いてくる」
「ありがとうございます」
イサリが船着き場へ歩いていくと、リールは二人にも倉庫へ来るよう頼んだ。シェイムは海藻を売ってから追いつくと言い、テオが袋を担いで石段を下りた。
* * *
リールは名乗り、護衛の仕事について尋ねると、倉庫の男は木箱の蓋を釘で留めながら話し始めた。
「東の浜だ。海藻を刈る連中を出したいんだが、甲羅のあるシャマイラが岩場まで上がってくる。今日は護衛がいないし、船を出すこっちの仕事もあるから、俺がついていくわけにもいかん」
採取者が海藻を刈り、籠を荷車へ運んで帰るまでの護衛だった。追いついたテオは場所を聞くと、シェイムに浜の様子を尋ねた。
「朝、見てきたところです。荷車は上の道に置けます。岩場に下りるのは、あの階段からです」
「なら行けるな。甲羅のあるやつなら、前にも追い払った」
「籠を運ぶ人には、私がつきます。階段も濡れていますから」
リールが帰りまでの護衛料を伝えると、釘を打つ音が止んだ。
「銀貨十六枚か。二人頼むほど、広い浜でもないぞ」
「刈る人と、荷を運ぶ人は、ずっと一緒にいるんですか」
「籠が一杯になれば、一人ずつ上がる」
「なら、岩場に残る人と階段を使う人に、それぞれつけます。私も浜へ行きます。危険があれば採取を切り上げて、皆さんと採った荷を、こちらまで戻します」
「もう採取の連中は待たせてある。今から出せるのか?」
「お支払いいただければ、すぐに」
男が倉庫脇の荷車へ呼びかけると、鎌を持った者たちが立ち上がった。コレットは男に紙とペンを借り、名前と護衛の約束、報酬を書き留めた。
十六枚の銀貨を受け取ったリールは、そのうち十二枚をテオに渡した。
「日暮れまでは、うちから頼む仕事を受けて。まず、この人たちを浜へ連れていって、ここまで戻る」
「ああ。シェイム、行くぞ」
「はい」
リールは残る四枚を財布へ収め、コレットと荷車のあとを歩き始めた。中の硬貨が、空だった革袋の底で鳴った。
* * *
東の浜では、波が引くたび、岩の間に溜まった水が細く海へ戻っていった。シェイムが先に階段を下り、採取者たちへ、足を置ける岩を教えている。テオは腰の剣を抜き、採取者の海側で、波打ち際と岩の陰を確かめていた。
リールは階段の途中まで下りた。岩場では人が散らばり、刈った海藻を抱えて、空いた籠へ戻ってくる。テオはそのたびに歩く場所を変え、海と採取者の間に立っていた。
最初の籠が一杯になると、シェイムはそれを抱えた男に付き添い、階段の下まで歩いてきた。二人が階段に足をかけようとしたところで、脇の岩の下から水が跳ねた。
濡れた岩を爪のある脚がつかみ、鮫に似た尖った頭が現れた。背中の甲羅が男の膝の高さまでせり上がり、尾びれが岩の間の水をはね飛ばした。開いた口には、鋭い歯が並んでいる。
籠を抱えた男が後ずさると、岩場で海藻を刈っていた者まで立ち上がった。
「そこは通らないでください! テオさん、階段の下です!」
シェイムの声が波の音を越えた。男は籠を置いたが、階段の下にはシャマイラがいて、上がれなくなっていた。
「シェイム、その人を岩場へ戻して。テオは階段を空けて」
テオが波打ち際から駆け戻り、男とシャマイラの間へ踏み込むと、開いた口がテオの脚へ迫った。剣で鼻先を打ち払い、階段の下でシャマイラの正面に立った。
その横でシェイムが男の腕を引いた。
「私の後ろへ。こっちの岩なら、渡れます」
海藻の籠は置いたまま、男が岩をまたぐ。シェイムは男をほかの採取者のそばまで連れていくと、階段に近づこうとしていた者を止めた。
「籠はあとで取りに行きます。今は、ここにいてください」
甲羅が岩にぶつかり、硬い音が響いた。シェイムの肩が縮んだが、男の腕を離さなかった。
剣が甲羅の縁を打ち、シャマイラが海側へよろめいた。テオが追い打ちをかけると、尾を振って海へ滑り込み、甲羅ごと岩陰へ潜った。彼はそこで足を止め、剣を構えたまま海面を見ていた。
「階段は空いたぞ。上げるなら今だ」
「今日は戻ります。シェイム、籠を運ぶ人と一緒に上がって。テオは最後の人が上がるまで、そこで見ていて」
荷車には、まだ空の籠が残っていたが、採取者たちは刈った分を運び始めた。シェイムは置き去りになった籠へ男を連れていき、彼が抱え上げるのを待ち、足場を確かめながら一緒に階段を上がった。
リールは上の道へ戻り、コレットと空の籠を荷台の奥へ寄せた。最後の籠が積まれると、テオも階段を上がってきた。
「もうちょっと刈れたけどな」
「階段の下に隠れる相手よ。籠を持った人が階段に並んでから、また出てきたら困るわ」
「ああ。次は階段の下も、先に追い出しとく」
シェイムが杖を取り直すと、リールは彼女に尋ねた。
「あの魚、どうして亀の脚まで生えているの?」
「捕食進化です。シャマイラは、食べた生き物の能力や特徴を自分に取り込むんです。あれも、亀の魔物のタルトラゴを食べて、甲羅と脚を得たんだと思います」
リールは、海藻を積んだ荷車が動き出すのを待って、その横へと並んだ。シェイムも最後尾からついてくる。
* * *
港へ戻ると、倉庫の男は積み残していた箱を船員へ渡していた。海藻の籠を見て荷車を止め、そのまま倉庫の前へ下ろすよう頼んだ。
「空の籠もあるな」
「階段にシャマイラが出たので、途中で切り上げました。採取した分は全部持って帰っています」
男は籠の海藻を持ち上げ、下まで葉が詰まっているのを確かめた。
「こいつらが無事なら、明日も刈れる。今日はこれを乾かすか」
男が採取者たちへ仕事を振る間に、コレットが紙へ帰着したことを書き加えた。リールが話しているすぐ後ろで、シェイムは籠を運んだ男に、足を捻っていないか尋ねていた。
「明日も、お前たちに頼めるのか?」
倉庫の男がテオへ呼びかけると、テオはリールを示した。
「今日はこっちに雇われてんだ。次の仕事は、リールに聞いてくれ」
「リールさん、だったな」
「はい。明日の場所と時間を伺って、行ける者を確かめます」
男は朝にもう一度来てほしいと言い、船へ戻った。リールはコレットから帰着の記録を受け取り、鞄の内側の袋へ収めた。今日は、持って帰る紙がある。
シェイムが籠のそばから戻ってきた。
「明日の午後は調査が入っています。午前中なら、二人とも空いています」
「明日の場所を聞いてから、また相談するわ」
テオは剣に付いた砂を布で落とし、鞘に収めてリールを呼んだ。
「まだ日暮れまではあるぞ。次は何する?」
リールは財布を鞄に戻した。
「宿まで、私たちの護衛をお願い」
「おう。どこに泊まってんだ?」
「坂の上よ」
テオが先に歩き出し、シェイムはリールとコレットの後ろについた。坂を上がる足音が四人分重なる。リールは肩の鞄を押さえ、テオの背中を追った。
あの国へ戻るまでに、もっと多くの冒険者を雇う。




