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境界線の商人  作者: カミツキ
四章 銀貨争奪船

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第71話 守る側

 船が岬を回ると、白い砂浜の先に、石を積んだ岸壁と海へ張り出した桟橋が見えてきた。坂に沿って並ぶ家々の下では、籠を抱えた人々が漁船から降ろされた魚を運び、荷下ろしを待つ商船が沖に帆を連ねている。リールは船縁をつかんだまま、岸に積まれた木箱と、そこを行き来する荷運び人を眺めていた。


 あそこには、仕事がある。


 肩の鞄を掛け直すと、底に入れた財布が腰に当たった。港で最後の船賃を払ってから、中を開けていない。


「着いたぜ。ブエスビタス島だ」


 イサリが隣へ来ると、コレットも荷袋を抱えて船縁まで出てきた。


「姐さん、あそこ?」

「おう。普段はアタシもここで暮らしてる」


 帆が畳まれ始めたところで、横から強い風が吹き、船が岸壁側へ押された。リールは船縁に身体をぶつけ、隣のコレットも荷袋を抱えたまま踏ん張っていた。前方には、桟橋に繋がれた漁船がある。舳先が、その船腹へ近づいていく。


「帆を畳め。こっちはアタシが治水する」


 イサリは船縁から身を乗り出し、漁船との間の海面へ片手を突き出した。船腹を叩いていた波が平らになり、船の下を岸壁に沿って水が流れ始めた。舳先が漁船から逸れ、船は空いている桟橋の前へ滑っていった。


 岸の男が船員の投げた縄を杭に結びつけると、イサリは手を下ろした。船の下を走っていた流れが消え、波がまた船腹を叩き始めた。


「船まで、動かせるんですか」

「水脈(みお)を通しゃ、こいつも動き出す」


 船員が桟橋へ板を渡すと、リールはその上を歩いて船を降りた。桟橋に立っても身体はまだ揺れているようで、肩紐に手を掛け、先に岸へ上がったイサリについて歩いた。


 桟橋の先では、白い衣を着た長髪の少女が待っていた。コレットより少し若く見えたが、荷運び人たちは少女の前を通るたびに挨拶し、彼女も一人ずつに声を返している。


「お帰りなさい、イサリさん。お連れの方も、長い潮路だったでしょう」

「二人とも、しばらくここで潮待ちさせてやってくれ。リールとコレットだ」

「メリオシーと申します。この島で巫女と島主を務めています。どうぞ、ここでひと息ついてくださいね」

「リールです。急に伺ってしまって、申し訳ありません」

「イサリさんとご一緒ですもの。お部屋へご案内しますね」


 メリオシーは坂の上の建物を示し、荷運び人が木箱を抱えて横切るのを待ってから歩き出した。イサリもリールの隣で坂を上りながら、少女へ声をかけた。


「少し背が伸びたか?」

「潮は巡りますもの。もう十六になりましたよ」

「そりゃ頼もしい」


 島主というなら、領主と同じように王国から任されているのかしら。


「イサリさん。この島にも、王国から命令が来るんですか」

「王国の命令は、ここで堰だ。独立した保護区域だからな。アタシは水際を預かってる」


 メリオシーが歩く速さを落とし、リールの隣へ並んだ。


「青濤会(せいとうかい)は、碇(いかり)となり、この島を荒海(あらうみ)に繋ぎ止めてくれています。島で暮らす人のことは、こちらで決めています。外の潮に流されて、誰かを追い出すようなことはしませんよ」

「……ここで、商売を始めてもいいんですか」

「ええ。どんなお仕事をなさるのか、聞かせてくださいね」


 坂を上り切ったところで、コレットが荷袋を抱え直した。

リールも足を止めて振り返ると、港の向こうには海が広がるばかりだった。


 案内された部屋には寝台が二つ並び、窓のそばに机があった。開いた窓から潮の匂いが入ってくる。コレットが手前の寝台の脇へ荷袋を置いて肩を回す間に、リールは机に鞄を下ろした。


「お食事も用意しますね。今日は、ゆっくり足を休めてください」


 部屋を出ようとするメリオシーを、リールは呼び止めた。


「部屋代も、食事代も、今は払えません」

「イサリさんから頼まれましたから。すぐにお支払いの話をしなくても、大丈夫ですよ」

「いつ払えるかも、お約束できないんです」

「では、ひとまずここで暮らしてください。お仕事の話は、そのあとで伺いましょう。岸に着いたばかりですもの、すぐにまた漕ぎ出さなくてもいいんですよ」

「……ありがとうございます」


 メリオシーが廊下へ出ていくと、コレットは荷袋から着替えを取り出し、寝台の上に広げた。


「リールさんも、荷物出しちゃったら?」

「そうね」


 鞄の口を開けても、出せるのは着替えだけだった。机は空いたままで、ここへ置く帳簿も注文票もない。


 あの店には、どちらも残っている。


 リールは畳んだ服を持ったまま、机の端を見つめていた。


「……また、石鹸作る?」


 リールは服を奥の寝台に置いた。材料を買う金も、鍋を買う金もない。


「作れるわ。でも、売れるようになったところで、また取り上げられたら?」

「ここなら、姐さんが追い返してくれるんでしょ」


 入口のイサリが、廊下の壁から背を離した。


「島へ余計な波は入れさせねえ。アンタらに手ぇ出す奴は、アタシが治水する」


 商館でも、イサリさんはそばにいた。それでも、帳簿を押さえているコレットに、私は手を離せと言った。


 この島で暮らすなら守ってもらえる。けれど荷を送り出すたびに、イサリへ同行を頼むわけにはいかない。働く場所が増えれば、その全部にいてもらうこともできない。


「次は、自分で守れるようにしたいんです。店も、そこで働く人も」


 コレットは広げた着替えを畳み直し、荷袋の横に重ねた。


「リールさんが?」

「冒険者を雇うのよ。店にいてもらったり、荷物と一緒に行ってもらったり。頼んだときに動いてくれる人が、うちにも必要なの」

「待って。雇うって、払うお金がないよ。アタシら、部屋まで借りてるんだけど」


 護衛を雇うために、まず石鹸を売って稼ぐ。その間も、商売と人を守る金は必要になる。


 それなら、うちで護衛の仕事を引き受けられないだろうか。


「護衛が欲しい商人から、うちが仕事を受けるの。冒険者を雇って、その商人のところへ行ってもらう。冒険者に払う分も、代金に含めるわ」

「商人の護衛料で、うちの護衛まで払える?」

「稼いだ分で、うちの護衛も雇う。その金が残る値段で、仕事を受けるわ」

「お客から代金が入るまで、どうやって払うの?」

「代金を先に受け取れる仕事を探す。それで払える人数からよ」

「仕事を取ってから、足りないって言わないでよ」

「そこは、一緒に計算してほしい」

「……だったら、相手に約束する前に呼んでね」


 リールは鞄の口を閉じ、イサリへ尋ねた。


「この島で、冒険者に会えますか」

「港に寄る連中がいる。雇う相手は、アンタが選びな」

「商人にも会いたいんです。護衛の仕事を頼みたい人がいれば、話をさせてください」

「そっちも港で聞けばいい。水先はアタシが務めてやるぜ」


 まだ、リール商会の名で誰かを雇う金はない。取り返しに行く力もない。それを持たないまま、あの国へ戻るつもりはなかった。


 階下で食事を済ませると、リールはコレットと一緒にイサリを追って外へ出た。借りた部屋には着替えを残し、肩の鞄も軽くなっていた。坂の下からは、荷を積み込む男たちの声が届いている。


「リールさん。先に商人? 冒険者?」

「冒険者よ。いくら必要か分からないまま、お客に値段は出せないわ」


 今度は、持っていかせない。

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