第6話 昼の鐘
廃染物小屋へ移って五日目、昼の鐘が鳴ると、追加で雇われた四人は向かいのガラン食堂へ出ていった。
湊も商館から届いた包みを開いたが、テオとシビラは鍋の前から離れない。
「二人とも、お昼食べないんですか」
湊が尋ねると、テオは鍋の中身を混ぜながら、腰の鞘を示した。
「剣の修理が終わるまでな。昼を抜けば、その分だけ早く金が貯まる」
「夜は食べるから、何も食べていないわけではないですよ」
シビラも水を一杯飲み、灰汁を濾す作業へ戻った。
「私は、回復魔法を使ったあとに必要な薬草を先に買いたいんです」
イベリーがパンを半分に割りかけると、シビラは先に首を横へ振った。
「昨日も分けてもらいました。毎日いただくわけにはいきません」
「でも、午後も炉の前ですよ」
「今週だけです。必要な分がそろえば、また食べます」
商館から毎日食事を受け取っている自分が食べろと言っても、剣や薬草へ回す銅貨まで増えるわけではない。
ところが午後になると、テオの混ぜる速さが落ちた。
木べらが鍋の縁へ当たり、煮詰まりかけた液が内側へ跳ねる。
湊が代わると、テオは壁際へ腰を下ろし、水を飲んでもしばらく立てなかった。その間、脂を溶かす次の鍋は火へかけられず、シビラもテオが戻るまで灰汁を抱えて待つことになった。
その日の石鹸を商館へ届けると、リールは昨日の注文帳を開いた。
「昨日より一つ多いわね」
「はい。ただ、相談があります。えっと、工房で昼を出せませんか」
「今日だけ?」
「いえ、毎日です」
「なら、明日の代金は誰が払うの?」
「商会では駄目ですか」
「何日続けるかも、何人が食べるかも決まっていないのに?」
「あの……今日、テオさん、しばらく立てなかったんです」
「テオが? そうね、明日の一食だけなら私が出せるわ」
「だったら――」
「でも、明後日は? あなたが欲しいのは、一回食べさせる方法じゃないでしょう」
湊は言葉を止めた。自分でもまだ、そこまできれいには言葉にできていなかった。
「……そうです。昼を抜かなくても働けるようにしたいです」
「なら調べるわ。今日、食べなかったのは二人だけ?」
「はい。ほかの四人はガラン食堂へ行っています」
「戻ってくるまで、どのくらい?」
「昼の鐘が鳴り終わってから、しばらくです。混んでいる日はもっと遅いです」
食事の相談だったはずなのに、リールは午後の仕込みが始まる時刻まで確かめていた。
* * *
翌日の仕事が終わる頃、リールは賃金と一緒に、一食分の費用を書いた紙を作業台へ置いた。
「ガラン食堂で食べれば銅貨二枚。商館の台所で六人分をまとめて作れば、一人銅貨一枚で出せるわ。明日の昼を頼む人は、今日の賃金から一枚を残して」
「食事は昼の鐘に届くから、それまでは新しい仕込みを始めず、火を止められない鍋だけ交代で見てもらうわ」
「飯を出すだけじゃないのか?」
「全員が別々の時刻に戻れば、午後も誰かを待つことになるわ」
テオは受け取った賃金から銅貨一枚を作業台へ置いた。
「これは明日の昼飯だ」
「預かり金として、名前の横に記録するわ」
「食わないことにしたら?」
「昼前なら返す」
シビラも薬草代を数えたあと、作業台へ戻した。最後の一人だけは、賃金をすべて袋へ入れた。
「商人に金を預けるのは、まだ怖いです。明日は今までどおり食堂へ行きます」
「それも選べるようにしたの。理由を言う必要はないわ」
昼食を頼んだだけだったはずなのに、いつの間にか休む時刻まで決まっている。
翌朝、メルドとシェナが工房へ来た。シェナが雇用記録を開いた。
「昼前に返金を求めても、仕事と二階の使用条件は変わりませんか」
「変わりません。食事の申し込みは雇用契約と分けています」
メルドは帳簿にあるテオの名を示した。
「では、テオさんの銅貨を返してください」
「俺は昼飯を頼んでるぞ」
「返却を求めれば、本当に戻るのかを確かめます。受け取ったあと、もう一度預けるかどうかはあなたが決めてください」
リールは預かっていた銅貨を一枚、テオへ返した。テオは受け取った硬貨を手のひらに載せ、すぐに作業台へ置き直した。
「返るのは分かった。けど、今日の飯は頼む」
「じゃあ、もう一度預かるわ」
昨日申し込まなかった男が、作業台へ銅貨を差し出す。
「本当に返してもらえるなら、俺も明日の分をお願いします」
メルドは工房の入口を示した。
「食事代と、昼前までなら返金できることを、工房の入口にも掲示してください」
リールは料金札に、返金できる時刻を書き足した。
* * *
翌日、昼の鐘に合わせて商館から大鍋が届いた。
湊が蓋を開けると、豆と刻んだ肉を煮た湯気が工房へ広がった。
いつもなら向かいの食堂へ出ていく頃なのに、今日は誰も席を立たない。
午後の仕込みは、誰かを待たずに始まる。
「湊さん。明日も、同じように頼めますか」
シビラは空になったお椀を戻し、薬草店の注文書を開いて、残った銅貨を数えた。
「今日の終業までに一枚預ければ、頼めますよ」
湊が答えると、シビラは残った銅貨から一枚を作業台へ置いた。
空の大鍋を入口へ運んだ湊は、通りの向かい側を見た。
いつもなら工房の四人が座っていた窓際のテーブルには、お椀も水差しも出ていない。
店主のガランは開いた扉の脇に立ち、通りを行く人へ昼の献立を告げていた。
昼の鐘が鳴り終わるまで、ガラン食堂の扉をくぐる者は一人もいなかった。




