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境界線の商人  作者: カミツキ
三つ葉の商会

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第5話 同じ形

 翌朝、リールが工房へ連れてきた道具職人のオルメイは、灰色の髭を短く切り揃えたドワーフだった。


「確認待ちが十四回、指示待ちが九回か。道具を直せと言われたが、壊れているのは人の流れじゃねえか」

「その流れ、道具で変えられる?」

「道具は考えちゃくれんぞ」

「考えなくても済むところだけ、道具に任せられれば十分よ」


 オルメイが前日の記録をめくるうち、ひしゃくには線が刻まれ、炉の横には砂時計が置かれた。

 形を揃える木枠が増え、空気口にも火加減を示す三本の印がつく。


 昨日まで人に聞いていたことが、一つずつ道具に移っていく。


「線まで()む。砂が落ちたら一度混ぜ、二度目で火から外す。まずはこれで試せ」

「火の強さが違えば、同じ時間でも変わります」

「だから最初から全部決めるんじゃねえ。何を決めれば聞かずに済むか、それを一つずつ増やすんだ」


 リールは作業台の端へ新しい記録用紙を置く。


「今日はテオとシビラだけで一鍋作ってもらうわ。湊とイベリーは、危険がない限り答えないで」

「失敗しそうでも、ですか」

「危険なら止めて。形が崩れるだけなら、最後まで任せるわ」


 一度も湊とイベリーを呼ばないまま、石鹸は木枠へ収まり、形を崩さず固まった。昨日なら、ここまでに何度止まっただろう。


「これでいいんだよな?」


 イベリーは石鹸を手に取り、表面を指で押したあと、鼻先へ近づけた。


「はい。これなら大丈夫です」


 角の丸みまでは揃わない。それでも、昨日客へ渡した石鹸と同じ布に包める。


 リールは、三つ葉を彫った小さな木印を取り出す。


「この印は、決めた手順を通り、売れると確認したものだけにつけるわ」

「俺たちが作った石鹸にも?」

「誰が作ったかは問わない。条件を満たしたかどうかだけよ」

「苦情が出たら、作った人が弁償するんですか」


 そこまで作り手に背負わせたら、印をつける意味がない。


「商会が引き取るわ。客が買うのは、作り手の名前ではなく、三つ葉のついた石鹸だから」


 まだ柔らかい表面へ木印を押すと、湊が最初に作った石鹸にもなかった三つ葉が灰色の表面に残る。


 翌日には、客へ渡せる石鹸が七個まで増えたが、鍋を一つ増やすだけで通り道が塞がる。


 今度詰まったのは、人ではなく場所だった。


 リールはその日のうちに、廃業した染物屋を借りる。


 * * *


 炉の使用許可が下りた新しい作業場には、水場と炉が残り、二階には小部屋が二つあった。


「テオ、シビラ。作業場を移すわ。二人とも、ここでも続ける?」

「そうだな。剣が直るまで働きたい。直ったあとも、仕事があるなら考える」

「私は続けます。薬草代を払っても、少し残せそうなので」


 イベリーは入口で立ち止まらず、水場まで歩いた。持ってきた桶を壁際へ寄せる。


「脂はこっちに置いた方が、運ぶ人とぶつからないと思います」


 もう、置き場所まで聞いてこない。


 働いている間は二階を宿代なしで使え、契約が終われば翌朝までに退去する。継続契約を渡すと、テオは退職後の行を二度読み、シビラが確かめたのは宿代が賃金から引かれないことだった。同じ紙を渡しても、気にするところまで同じにはならない。


 炉の使用許可を壁へ掲げたところで、入口から男の声がした。


「許可証はありますね。シェナ、雇用契約と建物の賃貸契約を」

「はい、先輩」


 二人とも王国監察局おうこくかんさつきょくの銀印を示し、男はメルド、若い女はシェナと名乗った。


 炉の許可証を見るだけでは終わらないらしい。

 メルドは火床と水場から二階まで見て回り、シェナはテオとシビラ本人へ契約内容を確かめていく。


「契約書の条件と、お二人の返答は一致しています」

「契約では、仕事を辞めた翌朝までに部屋を空けるのですね」

「はい」


 メルドの目が、契約書からテオとシビラへ移る。紙だけで済ませるつもりはないらしい。


「退職した日に次の寝床が決まっていなくても、翌朝には出られますか」

「剣が直ったら辞めるつもりだ。宿は、そのとき探す」

「私は、今のところ辞める予定はありません」


 シェナは二人の返答を控えへ書き足す。


「実際に退職者が出たときは、賃金と鍵の返却まで確認します」


 メルドがリールへ目を向けた。


「火床の使用も、賃金も、雇用条件も規則の範囲内です。操業を止める理由はありません」

「では、このまま続けます」

「人を増やす場合は、雇用人数と二階の使用者を提出してください」


 リールが了承すると、メルドは三つ葉のついた石鹸を一つ手に取った。


「すべて同じ形にするのですか」

「作る人が変わっても、同じ条件を満たすようにします」

「人にも同じ条件を?」


 人にも、同じ条件を。


 さっき同じ契約書へ署名した二人でさえ、気にしたところは違った。

 答える前に、メルドは石鹸を元の場所へ戻した。


「次の記録を待っています」


 二人が去ると、湊は机に残った石鹸を一つ手に取る。


「石鹸の効き目、一度も聞きませんでしたね。触ったのに、泡も立てなかった」

「そこが気になった?」

「はい。俺なら、まずちゃんと洗えるか見るので」

「湊は作る側だものね」


 石鹸そのものは、一度も調べなかった。


「あの人は、売ったあとの雇い方や住まわせ方まで見ていたわ」

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