第5話 同じ形
翌朝、リールが工房へ連れてきた道具職人のオルメイは、灰色の髭を短く切り揃えたドワーフだった。
狭い工房では、炉の前にテオとシビラ、作業台を挟んでイベリーとオルメイが向かい合い、湊は奥で昨日の帳面を開き、リールは入口側に立っていた。
「昨日、何を一番聞かれた」
「灰汁と、火を止めるところです」
「何を見て決めてる」
「何をって……見れば分かります」
「父の店では、みんな見れば分かるので……教え方なんて考えたことがなくて」
オルメイが眉を寄せた。
「お前さんがいなくても分かる形にする。だから、分かるところだけ俺に教えろ」
作業台で帳面を見ていた湊が二人の方へ振り向いた。
「イベリーさんがいなくても、ですか?」
「途中までだ。全部任せられるなら、そもそもこいつに聞いちゃいねえ」
昼前には、作業台の道具にいくつもの目印が増え、炉の横には砂時計が置かれていた。
テオが鍋の取っ手へ手を伸ばした。
「イベリー、これ……」
鍋を持ち上げる前に、その手を引っ込めた。
「……いや、分かった」
イベリーは返事をしかけた口を閉じた。
しばらくして、テオは出来上がった石鹸をイベリーの前に置いた。
「これでいいんだよな?」
イベリーは石鹸を手に取り、表面を指で押したあと、鼻先へ近づけた。
「はい。これなら大丈夫です」
リールは、三つ葉を彫った小さな木印を取り出す。
「この印は、売れると確認したものだけにつけるわ」
「俺たちが作った石鹸にも?」
「誰が作ったかは問わない。条件を満たしたかどうかだけよ」
「じゃあ、これで何かあったら俺が弁償すんのか?」
「しないわ。商会が引き取る。客が買うのは、作った人の名前じゃなく、三つ葉のついた石鹸だから」
まだ柔らかい表面へ木印を押すと、湊が最初に作った石鹸にもなかった三つ葉が灰色の表面に残る。
翌日には、客へ渡せる石鹸が七個まで増えたが、鍋を一つ増やすだけで通り道が塞がった。
リールはその日のうちに、廃業した染物屋を借りた。
* * *
炉の使用許可が下りた新しい作業場には、水場と炉が残り、二階には小部屋が二つあった。
一階は入口から奥の水場までひと続きで、炉の前にテオとシビラ、壁際の作業台に湊が立っても、人がすれ違えるだけの幅が残った。
「テオ、シビラ。作業場を移すわ。二人とも、ここでも続ける?」
「そうだな。剣が直るまで働きたい。直ったあとも、仕事があるなら考える」
「私は続けます。薬草代を払っても、少し残せそうなので」
リールが継続契約を渡すと、テオは退職後の行を二度読み、シビラは宿代の行を指で押さえた。
「宿代は、賃金から引かれないんですよね」
「ええ」
イベリーは先に水場まで桶を運び、壁際に寄せた。
「脂はこっちに置いた方が、運ぶ人とぶつからないと思います」
炉の使用許可を壁へ掲げたところで、濃い灰色の上着を着た男が入口に立った。その半歩後ろには、若い女がいた。
「許可証はありますね。シェナ、雇用契約と建物の賃貸契約を」
「はい、先輩」
二人とも王国監察局の銀印を示し、男はメルド、若い女はシェナと名乗った。
メルドは火床と水場から二階まで見て回り、シェナはテオとシビラ本人へ契約内容を確かめていく。
「契約書の条件と、お二人の返答は一致しています」
シェナが契約書をメルドに渡した。
「契約では、仕事を辞めた翌朝までに部屋を空けるのですね」
「ええ」
メルドは契約書を閉じ、テオとシビラに向き直った。
「退職した日に次の寝床が決まっていなくても、翌朝には出られますか」
「剣が直ったら辞めるつもりだ。宿は、そのとき探す」
「私は、今のところ辞める予定はありません」
シェナが控えを書き終えた。
「実際に退職者が出たときは、賃金と鍵の返却まで確認します」
メルドは契約書をリールに返した。
「火床の使用も、賃金も、雇用条件も規則の範囲内です。操業を止める理由はありません」
「では、このまま続けます」
「人を増やす場合は、雇用人数と二階の使用者を提出してください」
リールが了承すると、メルドは三つ葉のついた石鹸を一つ手に取った。
「すべて同じ形にするのですか」
「作る人が変わっても、同じ条件を満たすようにします」
「雇う人も、同じ条件にそろえるのですか」
「ええ、契約の条件はそろえます」
メルドは石鹸を元の場所に戻した。
「では、次の記録を待っています」
二人が去ると、湊は机に残った石鹸を一つ手に取った。
「石鹸の効き目、一度も聞きませんでしたね。触ったのに、泡も立てなかった」
「気になった?」
「はい。俺なら、まずちゃんと洗えるか確かめます」
「ええ。でも、あの二人が見に来たのは石鹸じゃない。私たちの方よ」




