第66話 二人なら
昼の鐘が鳴るころ、商業ギルドでは荷車の手配を待つ列が短くなっていた。チコが朝の護衛契約を客へ渡すと、隣の窓口でノノに道を尋ねていた男が、冒険者を二人連れてやってきた。片方は槍を持ち、もう片方は腰に剣を差している。
「契約を頼むなら、こっちだと言われたんだが」
「はーい。どこまでの護衛?」
「いや、魔物を倒してもらいたい」
護衛を頼む客は朝も何人か来ていたが、討伐を頼まれたのは初めてだった。
てか、なんでわざわざこっちに持って来たんだよ。
「この二人に頼むの?」
「ああ。先日、うちの農場の魔物を倒してもらった。今度は東の牧草畑にも出てな。刈りに行けないんだ」
北の農場の主だという男が、槍の冒険者の背を軽く叩いた。
「こいつらが来るまで、牛を出せなかった。今は出せてる。あの水桶も壊さずに済んだしな」
「桶の方に来ないように、こいつが追い込んだんだよ」
剣の男が槍の男を示すと、農場主は、自分も柵の内側で見ていたと続けた。前の討伐は、冒険者ギルドで頼んだという。
「それなら、次も向こうで頼めるっしょ?」
「頼める。ただ、この二人とはもう話せるだろう。間に入ってもらわなくても、金のことを決めておけば行ってくれると言うんだ」
「依頼を受ける条件は、向こうで確認してきた?」
槍の男が懐からギルドカードを出し、連れにも出すよう促した。どちらにもDランクとある。
「畑の場所と魔物は、向こうに伝えてある。俺たち二人で受けられるのも、確認してきた。まだ依頼は出してねえ」
チコはカードを返し、三人を受付脇の机へ案内した。
「じゃ、条件を聞くよ。契約を書いて報酬も預かるなら、手間賃は銀貨一枚ね」
「それなら、ギルドに依頼するより安く済むな。報酬は前と同じ、それに二枚足す。ここに預けておけば、帰ってから取りに来られるんだろう?」
「払う条件が決まればね。アタシらじゃ、畑の魔物を倒したかどうかは分かんないから」
「俺が確かめる。前も、倒したあとに畑へ入って見た」
農場主が財布を机へ置く横で、剣の男は椅子を引かずに立っていた。
「二枚増えるのはいいけど、怪我をしたらどうする。直接頼まれた仕事じゃ、怪我してもギルドから治療代は出ねえぞ」
「前は怪我をしなかったじゃないか」
「次もそうとは限らねえだろ」
農場主の手が財布から離れた。チコはまだ契約書を出さず、剣の男にも椅子を勧めた。
「治療代を誰が払うかも、決めてから書こうよ。怪我して戻ってから、誰が払うかで揉めても困るじゃん」
「報酬のほかに、治療代まで出せというのか」
「いくらかかるか、今は分からねえ。二枚増えるだけで、治療代まで持てるかって話だ」
槍の男は自分の財布を開き、口を指で広げて連れへ見せた。
「保証金に預ける金は、手元に置いておける。それを治療に使うなら、何も持たずに行くわけじゃねえ」
「それを使ったら、増えた分なんか残らねえぞ」
「分かってる」
剣の男がようやく椅子に座った。農場主は机に置いた財布を開けず、二人が出す金の話を聞いていた。
治療代をあやふやにしたまま書けば、戻ってきた客と冒険者を、受付でもう一度会わせることになる。そこまで銀貨一枚で頼まれちゃ、割に合わない。
チコが契約書を出さずに待っていると、農場主は財布から報酬にする銀貨を取り出した。
「なら、二枚と言わず、向こうへ払うはずだった手数料から、ここの一枚を引いて、残りは全部そっちへ渡す。それ以上は出せん。牧草が刈れないからって、牛の餌代がなくなるわけじゃない」
剣の男が、並んだ銀貨を数えた。
「治療代は俺たちで払う。そのための金も残しとく。怪我しても、あとからあんたに請求はしねえ」
「ああ。それなら払える」
「あと、どっちかが歩けなくなったら、連れを畑の外まで運ぶ。そこから荷車で街まで送ってくれ」
「俺も畑には行く。荷車は出すが、魔物に近づけと言われても無理だぞ」
「そこまでは頼まねえ。畑の外で待っててくれりゃいい」
槍の男も財布をしまった。
「前と同じで、森までは追わねえ。倒せなけりゃ、その日のうちに知らせる。違う魔物までいたら、そこはまた相談だ」
農場主は、見たのは前と同じ魔物だと二人に伝えた。倒せた場合に払う額が決まり、チコは契約書に討伐場所を書き始めた。
「終わったら、農場主さんの署名をもらって来てね。倒したのを確かめてもらったってことで、ここでお金を払うから」
農場主は畑の場所を伝えるだけでなく、荷車を止められる道も教えた。槍の男が途中にある分かれ道を尋ねると、前に来たときの道から入れると返している。
書き終えた契約書を渡すと、農場主が内容を読み、自分の名前を書いた。剣の男もその下へ署名し、槍の男へ羽ペンを渡す。
「次がなけりゃ、また採取でも探すつもりだった」
「だったら、先に声をかけてよかったな」
農場主が笑い、報酬と手間賃をチコへ渡した。預かった報酬を窓口の売上とは分けて収め、契約書を二人と農場主へ渡すと、三人は明朝の集合場所を決め始めた。
「農場まで歩かなくていい。朝、荷車でここへ寄る」
「じゃあ、ここで待ってる。剣を研いでから来るよ」
農場主は立ち上がり、持ち帰る契約書を上着の内側へしまった。
「最初は知らん二人に金を預けるのも嫌だったが、会わせてもらってよかった。あのギルドの人にも、よろしく伝えてくれ」
「自分で伝えなよ。アタシ、そっちの受付じゃないって」
「そうだったな」
男の笑い声につられて、チコも笑った。三人が出ていくと、ノノの窓口で待っていた次の客がチコの机まで来て、報酬を預けたいと申し出た。
翌朝、チコがギルドの入口を開けると、槍を持った男が通りの端で待っていた。剣の男もほどなく来て、研ぎ直した刃を見せているうちに、農場主の荷車が二人の前で止まった。
「畑へ着いたら、どこで車を止めるか決めてくれ」
「魔物が出る方を、先に教えてくれよ」
槍の男が御者台の農場主に頼み、剣の男と荷台へ乗り込んだ。
畑へ向かう荷車を見送り、チコは開けた扉を留めて受付へ戻った。朝の受付で開いた帳簿には、護衛の報酬と並んで、北の牧草畑の討伐料が記されていた。




