第65話 足りない分
受注条件を変えてから数日後、冒険者ギルドの受付には、土のついた靴で戻った二人の男が並んでいた。階段を下りてきたレヴィンの前で、一人が受付の職員へ、依頼主の署名入りの報告書を差し出した。南の放牧地に出た魔物の討伐だった。
「牛は明日から出せるってさ。あの柵も、農場の連中で直すそうだ」
隣の男は袖を肘までまくり、血の乾いた布を荷袋へ押し込んでいた。
「そちらは、怪我を?」
「腕を切られた。ルミナで治してもらったから、もう平気だ」
男が曲げてみせた腕には傷が残っていなかった。職員が報酬と保証金を返すと、二人は受付台の上で自分たちの取り分を分けた。
「これなら、採取を何日もやるよりいいな」
「また出たら俺たちで行こうぜ」
報告書は完了した依頼の束に加えられた。牛を放牧地へ戻せるようになったうえ、二人とも次の討伐を受ける気でいる。レヴィンが受付の奥へ入ると、クリストフが別の依頼書を持ってきた。
「北の農場でも、受けたいという者は出ました。ただ、二人で保証金の半分しか用意できません」
「不足分は?」
「銀貨十枚です。リール商会にも行ったそうですが、断られています」
今回変えた受注条件を満たしても、受付で止まる者はまだいた。報酬を上げるよう依頼主へ頼んだところで、出発前に必要な十枚は増えない。
「依頼主は、今日こちらへ来るんですよね?」
「午後に来ると言っています」
「では、それまでに商会へ伺ってきます。どのような方に出していただけるのか、オレも聞いておきたいですから」
* * *
リール商会の開いた扉からは、石鹸を包む紙の擦れる音が聞こえた。取引台の前には、弓を背負った男と槍を持った男がいて、リールの手元にギルドカードを並べていた。依頼書には、Dランク二人以上の受注条件が書き加えられている。
「前と同じ二人で行くのね」
「ああ。今度はこいつが先に当たる。俺は畑の端から弓で狙う」
「俺が魔物に近づいてる間は、火を使うなよ。前みたいに俺まで炙るな」
「使わねえよ。麦まで燃やしたら、報酬どころじゃないだろ」
リールは依頼書と二人のカードを返した。
「不足分の十枚は出すわ。成功して保証金が戻ったら、十枚と手数料一枚。魔物が畑の外へ逃げたら、追いかけないこと」
「分かってる。受けてくるよ」
書記の少女が保証金の帳簿を持ってきた。槍の男が名前を書いている間に、リールは二人へ渡す銀貨を用意していた。もとはCランクだった依頼の保証金を、商会が十枚負担した。今朝の二人も半分は用意していたはずだが、こちらでは何が違ったのか。
二人が出ていくと、少女がレヴィンを迎えた。
「いらっしゃいませぇ。石鹸をお探しですかぁ?」
「ええ、そちらもいただきたいですね。その前に、保証金のお話を。冒険者ギルド本部のレヴィンと申します」
リールは開いていた帳簿を閉じ、取引台の向こうから応じた。
「リールです。保証金の記録に、何か不備がありましたか」
「いえいえ。ずいぶん多くの方が、そちらの保証金で依頼を受けていますからね。今日は、今月の支援をお願いしたくて来ました」
レヴィンは持ってきた北の農場の依頼書を台に置いた。
「こちらへ来た二人を、断られたそうですね」
「はい。今日、初めて組んだと聞きました」
「二人ともDランクで、今回の条件は満たしています。先ほどの方たちと、同じように受けられますよ」
「さっきの二人は、前にも一緒に討伐へ行っています。こちらで出した保証金も返してくれました。今日は、前に二人で失敗しかけたことまで話してくれました」
あの火の話か。槍の男が先に注意し、弓の男も使わないと返していた。
「では、一緒に働いたことのある方なら、出していただける?」
「それだけでは決めません。この二人は、一人が畑に残って魔物を待つと言って、もう一人は森まで追うつもりでした。先に二人で、どこまで行くかを決めるよう伝えました」
「なら、農場から離れないと二人で決めてもらいます。新しく組んだというだけで、断られるわけではないんですよね?」
「はい。どう行くかを二人で決めて、もう一度来てもらえれば、話は聞きます」
「でしたら、ほかの方にもそこまで決めていただきましょう。自分たちで半分は用意して、二人の動き方も決める。そうした方をこちらから案内します。今月は合計五十枚まで。手数料は、今までどおり取っていただいて結構です」
「五十枚を出す相手は、誰が決めるんですか」
「受注条件を満たし、今おっしゃった準備を済ませた方から、順に。上限を超えれば、それ以上はお願いしません」
商会の手元にある金を全部出せとは言っていない。今出ていった二人だけで十枚動くのだから、五十枚でも何組かは受付を通せる。
リールは依頼書を取引台に残したまま、閉じた帳簿を少女へ渡した。
「相談は受けます。ただ、五十枚に届くまでは必ず出す、という約束にはしないでください」
「二人の動き方も、受付で確認してからお送りしますよ」
「私も本人たちに聞きます。何を受けるか、自分たちでいくら用意したかも見て、その人たちに出すかを決めるので」
「それでは、職員が出発日を決められませんね。北の農場主は、今日も牛を出せずに待っているんです」
「出すと決める前に、私から借りる金で出発日を約束されても困ります」
午後に来る農場主へ、二人が商館で相談を終えるまで待つよう頼めるだろうか。そこでまた断られれば、明日も牛を出せない。
「では、この一件はご負担を減らしましょう。不足分の十枚のうち、五枚は依頼主にお願いしてみます。商会からは五枚で結構です」
「その五枚を出すかも、二人が戻ってきてから決めます。自分たちで用意した金で行くことまでは止めませんが、誰にいくら出すかは、私が決めます」
入口から、荷車に空きができたと知らせる声が聞こえた。少女が包み終えた石鹸を運び出し、通りで御者に荷札を渡していた。リールは御者に「お願いします」と返し、取引台の依頼書をレヴィンへ差し出した。
「今回変わった依頼の相談も受けます。ですが、受付で、ここへ来れば不足分を借りられるとは案内しないでください」
「分かりました。その案内は出しません。あの二人には、依頼主の方にも負担をお願いしてみます」
「依頼主が出してくださるなら、受けられますね」
「ええ。出してくだされば」
レヴィンは依頼書を鞄へ戻した。石鹸を一つ買って商館を出ると、荷を積み終えた御者が、隣を歩く冒険者に声をかけていた。
「帰りの荷も頼むってよ。護衛の金は、店でまとめて払うそうだ」
二人はそのまま南の通りへ出ていった。
* * *
午後、北の農場の主は、ギルド長室で依頼書を突き返しかけた。
「報酬は払うと言ってるだろう。保証金は冒険者が持ってくる金じゃないのか」
「ええ。二人で半分までは用意しています。残りの十枚を、あなたにお願いしたいんです」
「報酬のほかに、十枚も増えるのか」
「討伐が終われば、預けた十枚は戻ります」
「失敗したら?」
「二人の責任で失敗して、保証金が没収されれば戻りません。その条件でお願いしています」
農場主は、今日も牛を出せなかったと言った。納屋に積んだ飼料は減るばかりだという。
「だったら、金を持ってる奴に頼め」
「その方が来るまで、依頼は残しておけますよ。ただ、いつ受けていただけるかは、お約束できません」
廊下から近づいた足音に、農場主が扉を振り返った。足音はそのまま通り過ぎ、隣の部屋で、依頼を受けたいという男の声がした。
「……半分出せば、明日行くんだな」
「二人とも、明日出られると言っています」
「本人たちに会わせろ。金を出す前に、どうやって倒すつもりか聞く」
「ええ。下で待っていただいています」
受付へ下りると、クリストフが二人を呼んだ。農場主は並んで立った男たちに、柵の内側へ追い込んでも牛はいないことと、壊してはいけない水桶の場所を伝えた。
「水桶がある方へ追うなよ。で、どっちが先に行くんだ」
槍を持った男が、隣の剣の男を示した。
「俺が引き付ける。こいつが横から斬る」
「柵の外からか? あそこは足を取られるぞ。中へ入れ」
「入れる場所は?」
「東の門を開けとく。桶は西だ」
剣の男が、槍の男へ声をかけた。
「なら、俺も東から入る。森へ逃げたら追わずに戻ろう」
「ああ。二人で戻る」
「倒せずに帰るなら、その日のうちに知らせろ。翌朝、牛を出しちまうからな」
農場主は二人から返事を聞いて、財布を開いた。
農場主の十枚と、二人が出した十枚が受付へ預けられた。職員は依頼書へ受注者の名前を書き込み、明朝出発することを確認した。
レヴィンは、二人へ依頼書を渡した職員に声をかけた。
「今回条件を変えた討伐の依頼で、保証金が足りず受注できない方がいたら、依頼主にも不足分を出せないか聞いてくださいね」
農場主は軽くなった財布をしまい、二人を連れて外に出た。




