第64話 もう一つの行き先
月が替わった朝、レヴィンが王都の冒険者ギルド本部へ入ると、開いたばかりの窓口には依頼人が続いていた。荷車の出発日を確かめる声を聞きながら階段を上がり、執務室へ来た王国の担当官を迎えた。担当官は討伐依頼書を机に置いた。
「南の放牧地だ。まだ受注者が決まっていない」
家畜を出せず、飼料を買い足していると、依頼人からの追記があった。クリストフの冒険者ギルド支部から届いた報告でも、近場の護衛依頼が減る一方、受け手の限られる討伐依頼は残っていた。
「ええ。こちらでも把握していますよ」
「把握しているだけでは、家畜を外へ出せない」
「では、依頼料を上げていただけるんですか?」
「金を増やせば受け手が出るのか」
「その額で行きたい方が、出てくるかもしれませんね」
「同じ話を前にも聞いた。資格を持つ者が足りないとも聞いたぞ」
担当官は、机の端にある支部の報告書を示した。
「街には冒険者が残っている。商人の荷も動いている。それでも、この仕事は残るのか」
「護衛を受けている方が、その討伐も受けられるとは限りませんからね。受けられる方でも、先に別の仕事を約束していれば、そちらへ行くでしょう」
「なら、受けられる者を増やせ」
レヴィンは依頼書を手に取った。往復に何日もかかる場所ではない。魔物の種類も、出没する範囲も分かっているが、Cランクの冒険者でなければ受けられなかった。
「王国からは、仕事を動かすよう求められていると、ヴェールへ伝えてよろしいですね」
「そのために来ている」
「ええ。では、そのように」
「手数料が減った分を、王国から補えば済むという話にはするなよ」
担当官が帰ると、レヴィンは討伐依頼書の下に街の地図を広げた。
冒険者ギルド支部からヴェール大聖堂へ続く道を確かめ、そのまま商業区まで通りをたどる。南通りに、ルミナ聖堂の名があった。
ヴェールからは離れている。だが、ギルドからこちらへ運ぶなら、大聖堂へ向かうのと大きくは変わらない。
受注する者を増やせば、救助も治療も増えるだろう。戻ってきた手数料が、そのまま治療費に消えては、また同じ話を王国へしに行くことになる。
レヴィンは南通りの位置を覚え、地図を畳んで鞄に入れた。
* * *
数日後、レヴィンがルミナ聖堂の扉を開けると、入口近くの長椅子で、荷運び人らしい男が手の包帯を巻いてもらっていた。奥の部屋からは、寝台を壁際へ寄せるよう頼む声が聞こえた。
取り次ぎに来た聖職者へ、冒険者ギルド本部から来たと告げる。聖堂の長は、治療に使う部屋を見せた後、料金を書いた紙をレヴィンに渡した。
「ギルドから運ばれてきた方でも、治療の内容が同じなら、こちらの額でお受けします」
浅い切り傷を治し、包帯を巻く処置なら、大聖堂から届く請求書にも見覚えがあった。その処置に付いた額は、こちらの方が低いがここで受けられる治療には限りがある。
「こちらで治しきれない方まで、抱えていただくつもりはありません。ヴェールへ運ぶ必要があれば、そのように手配します」
「それなら、お引き受けできます。搬送の前に知らせていただければ、寝台も空けておけます」
「夜でも?」
「受け入れる者は置きます。その分の費用は、契約に入れていただきたい」
「ええ。そちらも含めて、金額を出してください。昼の料金だけ聞いて決めたら、後でオレが困りますからね」
聖堂の長は夜間の受入れについて書き足し、レヴィンへ返した。
その紙を鞄に収め、レヴィンはヴェール大聖堂へ向かった。
大聖堂では、廊下を運ばれる布の束を避けながら、エズの部屋へ案内された。机には治療費の請求書が重なり、その横に、まだ湯気の立つ茶が置かれていた。
「レヴィンさん。今日は請求書を受け取りに?」
「それだけでしたら、職員に来てもらいますよ」
「でしょうね。あなたが来ると、だいたい別の話も付いてきますから」
レヴィンは勧められた椅子に座り、南の放牧地の依頼書を机に置いた。
「これを動かします。王国からも、いつまで残しておくのかと聞かれましてね」
「Cランクの討伐ですね」
「ええ。近隣で、魔物も分かっている。救助へ向かえる場所です。それでも今の受注条件では、人が足りない」
「それで、Dランクにも受けさせたい?」
「その範囲を、こちらで決めていただきたいんです。ほかにも、同じように残っている依頼があります」
エズは依頼書を読み、討伐対象の記載を指で押さえた。
「一人で行かせるつもりなら、私は変えませんよ。戻れる道があっても、戻る前に動けなくなれば、助けを呼ぶ者がいません」
「では、二人以上。同行する者もDランク以上でどうです?」
「二人なら、何にでも向かわせてよいわけではありません」
「ええ。この依頼と同程度の魔物が相手で、場所も分かっているものです。未確認の魔物まで、この話へ入れるつもりはありませんよ」
「救援にかかる時間も見ます。人が余っているからという理由だけでは、下げられません」
「余っているとは言っていません。受けられる仕事が足りず、外で働く方が増えているんです。こちらの依頼を動かせる条件を、示していただきたい」
エズは茶器を持ち上げたが、飲まずに戻した。
「王国も急いでいるようですね」
「ええ。家畜を出せないまま待っていただくにも、限度がありますから」
「分かりました。この条件に収まる討伐なら、Dランク二人以上へ変更できます。対象を広げるときは、またこちらで判断します」
「それで結構です。あと、指定回復先も増やします」
エズは依頼書から手を離した。
「そちらも、ですか」
「受ける方を増やすなら、治療を受けられる場所も増やしておきます。南通りのルミナ聖堂です」
「……あちらへは、もう行かれたんですね」
「ええ。受入れの話もしてきました」
レヴィンが見積書を出すと、エズはそれを依頼書の隣へ置いた。
「こちらでも受け入れはできますよ。今まで治療してきた者も、設備もあります」
「存じています。ですから、引き続きお願いします」
「ルミナを指定に加える必要があるのか、と聞いているんです」
「一か所だけに、今より多くの搬送を頼む必要もありませんよね」
「人数が増えるのでしたら、こちらも人を増やせます」
「それは助かります。ですが、増やしていただくまで待って、依頼を動かすのでしょうか」
「明日から寝台が足りなくなるわけではないでしょう」
「そうならないうちに、用意しています」
エズは見積書を読み終えても返さなかった。
「この額だけ比べれば、あちらへ送る方が安いでしょうね」
「同じ治療を受けられるなら、費用も見ますよ。支部では手数料が減っています。そこから救助隊を出して、治療費も払うんです」
「こちらの治療費には、重い怪我を受け入れるための設備や人員も含まれています。軽い傷だけをほかへ送って、重い傷だけこちらへ持ってくる。それで今までと同じように受けられると思われても、困ります」
「では、重い怪我を受け入れるのに、どこが足りなくなるんです?」
「軽い治療の収入も、こちらの維持費になります」
「ええ。そうでしょうね」
「それを減らしておいて、難しい治療だけ求めるおつもりですか」
「全部をこちらへ送る約束をしなければ、難しい治療は受けられませんか?」
廊下で台車の車輪が鳴り、部屋の前を通り過ぎた。
「受けますよ。運ばれてきた方を、そんな理由で返すことはしません」
「オレも、必要な治療費を払わないつもりはありません。ですが、こちらの設備を残すために、治療できる場所を一つにしておくこともできません」
「王国から、そこまで言われましたか?」
「運営を続ける金も考えろとは言われています。どの聖堂へ頼むかまで、王国の方に選んでいただくんですか?」
エズは見積書を机へ戻し、冷め始めた茶を飲んだ。
「ずいぶん、話を進めてから来られましたね」
「受けてくださるかも分からない聖堂の名前だけ、持ってきても仕方ありませんから」
「こちらが反対すると、冒険者の治療を増やしたくないように聞こえる」
「治療できる場所が増えることには、賛成していただけると思っていますよ」
「その言い方ですよ、レヴィンさん」
エズは苦笑し、ルミナの受入れ範囲をもう一度読んだ。
「ルミナで治せない方は、こちらへ運ぶんですね」
「ええ。そこは、先方とも話しました」
「でしたら、その治療費には、設備と人を維持する費用も含めて請求します。あちらの料金だけ見て、そこまで削らないでくださいね」
「治療に必要な分は払いますよ。ただ、減った売上まで補う約束はしません」
「必要な人を残す費用まで、売上の穴埋めと呼ばれては困りますね。運ばれてきてから治せる者を探すわけにはいきませんから」
「ええ。その人を置いておく費用も含めて、こちらが頼む治療の分は払います」
「それなら、追加には反対しません。ルミナで治せない方を、あちらで待たせないようにしてください」
「搬送はギルドが手配します」
エズは討伐依頼書を手元へ戻し、受注条件を書き直した。変更を認める文書に署名し、レヴィンに渡した。
「受ける方が増えても、怪我をして戻る方ばかりでは困りますからね」
「ええ。依頼を終えていただかないと、王国にも次の話ができません」
「今日は、神の御心より王国の御心が忙しいようだ」
「こちらの請求書も、忘れずに持って帰りますよ」
レヴィンは署名された文書と治療費の請求書を受け取り、ルミナの見積書を鞄へ収めた。
* * *
その日のうちに、レヴィンはルミナ聖堂と受入れの契約を結び、翌日からの指定追加をクリストフへ伝え、ランク変更の文書をクリストフの机に置いた。
翌朝、支部の扉を開けると、クリストフがCランクの掲示板から依頼書を外していた。受注条件を書き直した南の放牧地の討伐依頼書が、Dランクの掲示板に貼られた。
入口近くで待っていた男が、それを読んで職員を呼び止めた。
「これ、昨日までCランクだったやつだろ」
「今日から条件が変わりました。Dランク以上の冒険者が二人以上いれば受けられます」
「報酬は、このままか?」
「はい」
男は背後にいた連れを呼び、依頼書の前を空けた。連れの男も内容を読み、南へ行ったことがあると話し始める。
「放牧地なら、道も分かる。お前、明日は空いてるか」
「ああ。今日は装備を直せる」
「だったら、受けようぜ。二人で分けても、採取よりは残るだろ」
二人が依頼書を外して受付へ来ると、クリストフはギルドカードを受け取った。
「同行者は、この二人でいいな」
「ああ。南の放牧地の討伐を受けたい」
レヴィンが受付の脇へ立つと、男は懐から財布を出していた。連れも硬貨を足し、依頼書の隣へ保証金を置く。
「帰りは、ここの受付でいいんだよな」
「ええ。討伐を終えたら、こちらへ報告してください。報酬もここでお受け取りいただけます」
「分かった」
受付を離れた二人は、武器を直す店と明朝の集合場所を決めながら、並んで通りへ出ていった。




