第63話 残したいもの
数日後、王都の冒険者ギルド本部では、依頼書を持った冒険者が受付に並んでいた。報酬を受け取る者と保証金を預ける者の間を抜け、クリストフは階段を上がった。自分の支部でも、以前は朝からあれだけの金が受付を行き来していた。
案内された部屋では、レヴィンが支部から届いた報告書を机に広げていた。
「ええ、報告は読みましたよ。近場の護衛が減っている、と。で、今日は何を変えてほしいんです?」
クリストフは、商業ギルドから持ち帰った募集の案内を差し出した。荷車の護衛を探す商人に、仕事を求める冒険者が会えるようにするものだった。
「これを支部の受付で案内したいんです」
「ああ、商業ギルドへ。うちに仕事を探しに来た方を、ですか?」
「うちで受けられる依頼がない者に、向こうでも仕事を探せると知らせます。契約するかどうかは、本人と商人が決める」
レヴィンは報告書の上に案内を重ねた。
「仕事は見つかるかもしれませんね。で、うちには何が入るんです?」
「紹介料は取りません」
「では、向こうは?」
「契約や支払いを扱えば、その手間賃が入ります」
「ああ、そういうことですか。案内するのはこちら、手間賃を取るのは向こう。向こうにとっては便利でしょうね。その案内をする職員の給料は、うちが払うんですよね?」
そこまで言われることは、来る前から考えていた。受付を使う以上、支部の仕事になる。商業ギルドから金をもらう話はしていなかった。
「今は、街から冒険者が出ていく方が困ります」
「ええ。仕事がないから、ほかの領へ行く。そこまでは分かりますよ」
「依頼が戻ってから呼び戻せばいい、では間に合わないんです。向こうで客がつけば、もう戻らない。残った者まで装備を売り始めたら、依頼書を貼っても受けられません」
「そこで、働ける場所を教えておくわけですね。うちを使わなくても済む場所を」
レヴィンの声には、まだ反対とも賛成ともつかない柔らかさがあった。案内に書かれた行き先を読み、報告書の護衛依頼の欄と見比べている。
「いやあ、一度会わせてしまえば、次は商人から直接頼めますね。あなたの受付を通る必要までなくなりませんか?」
「そうなる者もいるでしょうね」
「それは、あなたも困るのでは?」
「困りますよ。俺も、支部の金が増えないことを喜んでるわけじゃありません」
言い終えると、廊下から別の部屋へ入る職員の声が聞こえた。依頼人が待っているという。こちらの支部では、新しい依頼を待つ冒険者ばかりが増えていた。
「でも、うちに依頼が来るまで食わずに待てとは言えません。外でも働いて、武器を直して、あの街で暮らせるなら、次にうちの仕事を受ける余地は残る」
「ええ、受けてくださればね。そこは、保証していただけるんですか?」
「できません。街を出た者が戻る保証も、ないです」
レヴィンは案内をクリストフの方へ滑らせた。
「いえいえ、困っている方だけが見るとは限りませんよ。こちらでも仕事を受けられる方が見て、向こうの方がいいと思えば、そちらへ行くでしょう?」
セレスティーヌには、この募集を支部の受付で案内することも先に私信で知らせていた。
「案内しなくても、直接頼まれている者はいます。知らない者だけ、仕事を見つけられずに残ってるんです」
「ああ、知らなかった方にも教えてあげたい、と」
「働ける者を減らしたくないんです。うちで受ける仕事がないというだけで、冒険者を続けられなくなるのは困る」
「なるほど、なるほど。冒険者を続けていただくために、冒険者ギルドの外で働いていただく。そういうことですか」
レヴィンはそう言って、机の報告書を閉じた。
「ただ、うちの受付も救助も残しておくんですよね? その間も職員には給料を払う。救助があれば、人も出す。そちらの金は、どこから持ってくるおつもりです?」
クリストフは、返された案内を取らずに話を続けた。
「商業ギルドからも、こちらへ依頼人を案内してもらいます」
「ああ、向こうで決まった仕事を、こちらへ回してくださる?」
「決まった契約を取り上げるつもりはありません。護衛を探しに来た商人に、こちらで正式な依頼を出す方法も伝えてもらう。商業ギルドの書記には、その話もしました」
「それで、向こうは何と?」
「冒険者ギルドへ頼みたい客まで引き留めるつもりはない、と。ただ、向こうの受付でこちらの依頼書まで書く仕事は受けないそうです」
「ええ、そうでしょうね。自分たちの客を待たせて、うちの書類まで書く理由はありませんから」
「こちらは人を送る。向こうは、うちを使いたい依頼人を送る。では、どちらに頼むかも、その都度選んでいただくんですね?」
「ええ」
「では、商人が、あなたの支部から紹介された冒険者だから安心だと言い始めたら?」
「支部で人を選んで送り出すことはしません。募集を知らせるだけです。俺の推薦が欲しいと言われても、それは引き受けない」
「ええ。あなたは、そう説明する。商人も同じ説明をしてくださるといいですね」
「だから、案内には書きます。契約の相手は商人で、支部が護衛を引き受けるわけじゃないと」
「ええ。その説明にも、うちの職員の時間を使うんですね」
「使います。それを使わずに済ませた結果、人がいなくなるよりはいいと判断しました」
レヴィンはしばらくクリストフを見ていた。笑みは残っていたが、もう案内の文面には目を落とさなかった。
「分かりました。では、今月いっぱい。まずはそこまでにしましょうか」
「その間は、案内していいんですね」
「ええ、あなたの支部だけで結構です。続けたいのでしたら、月末にまたお話ししましょう」
クリストフが案内を手に取ると、レヴィンは閉じた報告書の上に指を置いた。
「ただ、そのときに、皆さん食べられるようになりました、と。それだけではオレも困るんです。人が残ったのは分かりました。で、支部は何で回るのか。そちらも聞かせてくださいね」
「分かっています」
「ええ。そこまで分かっていて、オレに認めろとおっしゃる。いやあ、困りましたね」
クリストフは立ち上がり、案内を鞄にしまった。
* * *
街へ戻ると、クリストフは商業ギルドでチコと話を済ませ、その日のうちに受付へ案内を置いた。
翌朝、職員がそれを見せた相手は、護衛を探していたDランクの男だった。男は仕事の内容を読むと、しばらく受付台に指をついたまま黙っていた。
「ここから来たと言えば、雇ってもらえるのか」
「雇うのは商人だ。会って話してみろ」
クリストフが受付の奥から声をかけると、男は案内を置いた。
「知らない奴でも会ってくれるのか?」
「その相手を探してる。顔見知りに頼めたなら、募集は出さないだろ」
「……それもそうか」
男は商業ギルドの受付の場所を聞き、ギルドカードを懐へしまって出ていった。
後から来たFランクの冒険者には、職員が荷下ろしの募集を教えていた。こちらに残っている採取依頼を見てから、そちらへ行くという。
夕方、Dランクの男がギルドへ戻ってきた。朝は手ぶらだったのに、今は包んだパンを抱えている。
「明日の南便、頼まれた。朝から商人の倉庫へ行く」
「受けたのか」
「ああ。半分、先に払ってくれたよ。今夜、宿代を払える」
男はパンの包みを抱え直し、受付に置かれた案内を確かめた。
「ここに来てなきゃ、知らないまま街を出てた。助かったよ、ギルド長」
「帰ってきたら、また寄れ」
「次も向こうで頼まれるかもしれないぞ」
「そのときは、そのときだ。こっちに出た依頼も見ていけ」
男は笑って帰っていった。
扉が閉まると、受付の職員が今日の帳簿をクリストフへ渡した。今日の帳簿には報酬を支払った記録があったが、護衛依頼の手数料が入った記録は一件もなかった。
月末に持っていく報告書に、男のパンだけを書くわけにはいかない。
「ギルド長、明日の案内も、ここに置いておきますか」
職員の手には、商業ギルドから届いた新しい募集があった。
「そうしてくれ。明日も、仕事を探しに来る奴はいる」
クリストフは帳簿を閉じ、受付台に残っていた今日の案内を、新しいものに取り替えた。




