第62話 名前の値段
朝、リール商会の前を北行きの荷車が通った。御者と並んで歩く男が、開いた扉の向こうから片手を上げる。ゲリオンだった。三日前にも、別の荷車について北へ出ていったはずだ。
取引台では、コレットが南へ送る石鹸の荷札をそろえていた。ゲリオンの小盾が通りの角に消えるころ、一人の商人が商館へ入ってきた。
「先日、リグレットに南の農場まで釘を運んでもらいました。ゲリオンに紹介してもらった者です。帰りに農場で買った麦が売れましてね。明日は、釘を積んだ荷車を南へ、麦を積んだ荷車を北へ出します。南はリグレットと約束しましたが、ゲリオンは今ご覧になったとおりです」
「北の護衛が決まらないんですね」
「冒険者ギルドへ頼むことはできます。ただ、来た相手に初めて会って、そのまま麦を預けることになる。リグレットのときは、ゲリオンが一緒に仕事をした相手だと言ってくれました」
商人は取引台に銀貨を一枚置いた。
「リールさんも、保証金を出す冒険者を選んでいるそうですね。その中から北の護衛を頼めそうな者を紹介してもらえませんか。決まれば、一便につき銀貨一枚お支払いします。明日限りの便ではありません」
紹介した後は、麦を買う必要も、荷車を押さえる必要もない。男が北へ荷を出すたび、銀貨が入る。
「リグレットには、どうして保証金を出したか聞きましたか」
「いいえ。出したと聞いたので、見る目があると思ったんです」
そこに金を払いたいのか。男はリグレットの護衛を一度見ている。次の一人は、リールの名前を手がかりに選びたいらしい。
「私が持っているのは、誰にいくら出したか、その人が依頼から戻ってきたかという記録です。護衛をしたことのない人もいます」
「その中に、護衛経験のある者もいるでしょう。名前を二、三人教えてくれれば、誰を雇うかは私が決めます」
「でしたら、私への紹介料は何のためです?」
「あなたが選んだ相手だからですよ。北の買い手にも、そう説明できる」
「ゲリオンは、リグレットと一緒に歩いた道の話ができます。私は、保証金を出した人と北へ行ったことはありません。その人が麦を積んだ荷車をどう守るか、買い手に説明できないんです」
「買い手には、腕を保証したとまでは言いませんよ」
「それなら、リール商会の名前も出さないでください。保証金の相談に来た人の名前を、本人に断りなく護衛の名簿に載せることもできません」
商人は取引台の銀貨を財布に戻した。
「銀貨一枚では足りませんか」
「値段を上げていただいても、今回の護衛について私が確かめたことは増えません」
「……分かりました。北の買い手には、一日遅れると伝えます」
男は麦を置いてある店へ戻ると言って、商館を出た。コレットが石鹸をリールへ渡す。
「うちの南便も、今日のうちに荷車を決めたいんだよね」
「行ってくるわ」
商業ギルドへ着くと、リールはノノの受付に石鹸を渡した。隣の窓口には、さっきの商人がリグレットと荷車の運び手を連れて来ている。
「明日の南は、約束どおり私が行くよ。同じ朝に北へも行けって言われても無理だからね」
「北を明後日にする。リグレット、そっちは空いているか」
「空いてる。北のどこまで?」
「買い手の店までだ。麦を下ろしたら空の荷車で戻る」
北便の運び手が割って入った。
「俺は明日の朝、お前の荷を積むつもりで空けてある。日を変えるなら、その分は払ってもらうぞ」
「明日の運び賃も払う。麦は俺の店に置いて、明後日、同じ車で出してくれ」
「それならいい。明後日も空けておく」
商人は買い手への連絡も自分ですると言った。一日遅らせるために、荷車の金が余分にかかる。それでも、リグレットが空いている日を選んだ。
「北は南より遠いよね。銀貨十二枚」
「十枚ではどうだ。運び手にも一日分払うんだ」
「それ、私の護衛料を安くする理由になる? 北まで行って帰るなら、十二枚ほしいな」
「冒険者ギルドに頼めば、もっと安く済む」
「うん。そうしてもいいよ。リグちゃんは明日の南だけ行くから」
男は答えず、リグレットを見た。
「……この前も、麦を店まで持って帰ってくれたしな。十二枚で頼む。明日は南、明後日は北だ」
「うん。どっちも、あんたの店に戻るまでね」
商人はチコの窓口へ進み、明後日の北便へ荷車の手配を変えるよう頼んだ。
「護衛の条件も、こっちで書いとく? お金まで預かるなら、荷車とは別の手間賃をもらうよ」
「預ける。麦の代金もかかってるんだ。帰ってから報酬の話で揉めたくない」
「オッケー。今決めた分を書くね」
ノノが石鹸を載せられる南行きの荷車を見つけ、リールへ手配票を渡した。こちらも明朝出せるという。リールが運び賃を払う隣で、商人は北便の護衛料とチコの手間賃を窓口へ置いた。
リグレットが契約書に名前を書いた。




