第51話 通らない話
ブーケ侯爵家の応接室で、大商家の責任者が中央冒険者ギルドでのやり取りまで話し終える間、セレスティーヌは一度も口を挟まなかった。最後にレヴィンの交代まで求めたと告げると、膝の上で重ねていた手をほどいた。
「お話は分かりました」
「なら――」
「ですが、ブーケ家から現本部の責任者を替えるよう求めることには、賛成できません」
男の顔が険しくなった。
「なぜだ」
「今回の運用によって、冒険者が依頼を受けられなくなったのでしょうか」
「逆だ。保証金を出す商人が増えたせいで、そちらへ流れている」
「でしたら、仕事そのものは動いているのですね」
「そういう話をしてるんじゃない」
「ええ。あなたの商会にとっては、そうではないのでしょう」
セレスティーヌはそこで言葉を切った。
「ですが、冒険者ギルドの仕組みを変えるのであれば、わたくしは冒険者に何が起きるのかを見ます」
男は肘掛けへ置いた手に力を込めた。
「商人が保証金まで出さなければ護衛を確保できなくなってるんだぞ」
「その点について、第三者が保証金を負担しても本来の役割が保たれるのかを確認することには反対いたしません」
「だったら止めればいい」
「確認することと、今すぐ禁止することは同じではございません」
中央で聞いたのと、また同じところへ戻った。
「今までうちが出していた護衛依頼を、荷主が直接出すようになっている。それも放っておくのか」
「荷主ご本人から依頼を出すことで、冒険者の受注条件が変わるのでしょうか」
「変わらない」
「危険な仕事を、資格のない方へ回すようになった?」
「そんなことは言ってない」
「でしたら、そこへブーケ家が介入する理由は、今のお話からは見つけられません」
男は椅子の背から身体を離した。
「結局、ブーケ家もレヴィンと同じか」
「同じ結論になる部分はあるのでしょうね」
「奴は、客がうち以外を選んでも仕方がないと言った」
「わたくしも、誰へ荷を預けるかを決めるのは荷主ご本人だと思います」
セレスティーヌは膝の上で指を組み直した。
「ただし」
セレスティーヌの声に、男が顔を上げる。
「あなた方が長年行ってきた仕事に価値がない、と申し上げているわけではございません」
「……なら何だ」
「荷車も倉庫も護衛も、まとめて任せたい方は、これからもあなた方へ頼むでしょう。ですが、護衛だけを自分で手配したい方まで、あなた方を通さなければならない理由はございません」
「分かった」
男は立ち上がった。
「ブーケ家でも動かないんだな」
「今伺った範囲では」
「なら、ほかへ行く」
セレスティーヌは止めなかった。
「それは、あなたがお決めになることです」
* * *
ヴェール大聖堂でも、男は同じ話をした。エズはそこまで聞くと、椅子の背へ身体を預けた。
「いやあ、それは困りましたね」
「他人事みたいに言うな」
「私の商会ではありませんからね」
悪びれもせず返され、男は眉を寄せた。
「だが、ヴェールも中央ギルドとは関わっているだろう」
「ええ。長いお付き合いですよ」
「なら、そちらからも言ってくれ。第三者が保証金を負担する今のやり方を、このまま続けていいのかと」
「レヴィンさんには?」
「言った」
「セレスティーヌ様にも?」
「言ったと言っただろう」
「お二人とも、止めるとはおっしゃらなかった」
「ああ」
エズは天井へ視線を向け、それから男へ戻した。
「では、私が同じ話を持っていったところで、結果はあまり変わらないでしょうね」
「やってみなきゃ分からんだろう」
「いえいえ。そういうものは、だいたい分かるものですよ」
あまりに軽く返され、男の声が低くなった。
「こっちは遊びで来てるんじゃない」
「分かっていますとも」
「分かってないから、そんな顔をしていられるんだ!」
「荷主は自分で護衛を頼める。荷車も別に探せる。今じゃ、うちへ全部任せなくても荷を出せると知った連中までいる。だが、荷を預かって運ぶってのは、そんな単純な話じゃない」
「ええ」
「途中で何かあったら誰が決める。魔物が出たら、荷を捨てるのか、守るのか、引き返すのか。荷主が何人もいる便で、一人ずつ聞いて回れるか?」
「難しいでしょうね」
「だからうちが預かってきたんだ。荷も、護衛も、その場の判断もだ。それを今さら、荷車と護衛だけ別々に頼めば同じだみたいに扱われてたまるか」
「なるほど」
初めて、エズが椅子から背を離した。
男はその変化を見逃さなかった。
「何だ」
「いえ。ようやく、こちらでも扱えそうなお話が出てきたなと思いまして」
「扱える?」
「保証金制度を止めるかどうかは、私どもだけで決める話ではありません。中央ギルドの責任者を替えるのも同じです」
「そんなことはもう分かってる」
「ですが、困っていることが何なのかを整理するくらいならできますよ」
「整理して何になる」
「そうですね。神の御心を知れますよ」
「はっ、バカバカしい。これだから聖堂は好かん」
エズは笑った。
「そうですか。それは残念です」
* * *
翌朝、大商家の責任者はいつもの護衛依頼を持って冒険者ギルドへ入った。北街道へ出す荷車は三台で、荷主は四つの商会に分かれているが、荷はすべて大商家が預かり、護衛依頼もまとめて出す。何年も続けてきた形だった。
受付の職員は依頼書と荷の一覧を見比べ、途中で手を止めた。
「こちらは、護送責任分離に当たりますので、荷主側の確認が必要です」
「……何だ、それは」
「荷主と護衛依頼主が異なり、現地での判断を護衛依頼主へ預ける形です」
「それの何が問題なんだ」
「問題があると決まったわけではありません。ただ、荷を捨てる、引き返す、経路を変えるといった判断を、荷主が護衛依頼主に委ねていることを確認する必要があります」
「今までずっとそうしてきただろう!」
「ええ。ですが、今後はこちらで確認することになっています」
「誰にだ」
「荷主の方です」
「四つ全部か?」
「今回は四商会ですので」
「ふざけるな。そんなことをやってたら今日の便に間に合わん」
男が依頼書を取り返そうとすると、奥からクリストフが出てきた。
「どうした」
「ギルド長。この依頼、護送責任分離です」
「ああ」
クリストフは受付台の書類へ目を通した。
「四件か」
「はい」
「なら、四件とも確認が取れれば受けていい」
「ちょっと待て」
男は受付台へ手を置いた。
「お前まで何を言ってる。昨日まで、そんな言葉はなかっただろう」
「ああ、なかったな」
あっさり認められた。
「じゃあ何なんだ、その護送責任分離ってのは」
「今まで一つにして扱っていたものを、分けて確認するための名前だ」
「名前?」
「荷主と護衛依頼主が違う。荷をどうするか現場で決める人間も荷主本人じゃない。それ自体を禁止する理由はないが、事故が起きたあとで『そんな判断まで任せていない』と言われても困る」
「そんなこと、言われたことなんかない!」
「今まではな」
「なっ、だったら今まで通りでいいだろ!」
クリストフは依頼書を受付台へ戻した。
「確認が取れれば今まで通り受ける。依頼を断ってるわけじゃない」
「だから、その確認が要らなかったと言ってるんだ!」
「そうだな」
男は依頼書の上にある見慣れない文字を指で叩いた。
「そもそも、こんな名前を付けて何になる」
クリストフは書類へ目を落とした。
「名前があった方が相談には乗りやすい、とのことで」
「ふ、ふざけるな!」




