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境界線の商人  作者: カミツキ
三章 銀貨開戦

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第46話 昨日まで

 オルメイは火床脇で戻ってきた道具を手入れし、湊は終わったものを壁際の棚に戻していた。そこへ来たリグレットが、細長い布包みを作業台へ置いた。


「はい、お土産。ネロズワルドから取ってきたやつ」

「なんだリグレットじゃねぇか。食い物なら持って帰れ」

「そんなわけないじゃん。リグちゃんが命張って取ってきた素材だよ?」

「ハッ。あのひよっこがCランクになったと思ったら飛竜の素材か」


 布を開くと、乾かしたネロズワルドの腱が束ねてあった。リグレットが弓を外すと、オルメイは一本を引きながら弓身を確かめた。


「弦には使えるな。ただ、今の弓じゃ先に弓身が負けちまう。補強用の角板が必要だぞ」


 さっきまで弓を覗き込んでいたリグレットが、急に面倒そうな顔になった。


「えー、また何か買うの?」

「嫌なら今のまま使え」

「買います。買わせていただきます」

「だったら三つ葉んとこ行ってこい。これと同じ厚さの角板を二枚だ」


 オルメイは弓を返し、端材(はざい)に印を付けた。リグレットは端材を受け取ると、すぐ湊に差し出してきた。


「Fランク君。はい、お願い」

「俺も行くんですか?」

「湊、ちょうど手ぇ空いてんだろ。ついでに持ってこい。代金は俺の加工賃から引かせろ」

「分かりました」

「よーし。じゃあリグちゃんの新しい弓のために、しゅっぱーつ」

「買い物に行くだけですよ」

「そういうのは勢いが大事なの」


 何の勢いが必要なのかは、湊には分からなかった。


 * * *


 商館へ入ると、リールは取引台の奥で仕入れの帳簿を開き、コレットはその横で別の帳簿をめくっていた。


「角板? あると思うけどぉ、ちょっと待ってくださぁい」


 端材を受け取ったコレットが、開いた帳簿の一行を覗き込んだ。


「あれ。これ、昨日までじゃん」

「何が?」


 リールが聞くと、コレットは開いた帳簿をリールの前に滑らせた。


「シェイム。次も出すか決めるのに、戻る予定も聞いといたじゃん。昨日までなんだけど」

「遅れるって連絡は?」

「来てないよ。終わったらまた来るって言ってたけど、今日はまだ来てない」


 リールが帳簿を閉じるより早く、隣にいたリグレットが口を挟んだ。


「その子、何の依頼に行ったの?」

「新しいダンジョンの調査よ」

「それって、ルゥラニュクスが出た方だよね」


 知らない名前だった。けれど、ルゥラなら覚えている。


「ルゥラニュクスって何ですか?」

「ルゥラのでっかいやつが見つかったの。あれ、名前ついたんだよ」


 暗い通路の奥で、揺れる灯りの中へ出てきた濃い紫の身体が浮かんだ。


 あれか。


「コレット、冒険者ギルドへ行って。シェイムが戻ってるか確認して。こっちにはまだ来てない」

「うん」

「私も行く」


 リグレットがすぐ続けた。


「新しいダンジョンなら、探すにしても一人じゃ無理。向こうで誰か集めてもらうよ」

「あの」


 二人が動き出す前に、湊は口を開いた。


「俺、あいつが出た場所なら分かります」


 リールの返事だけが、すぐに返ってきた。


「だからって、あなたが行く必要はないでしょう」

「でも、道も途中までは――」

「ギルドで説明すればいいわ」


 その方が安全なのは分かっている。剣も槍も使えない自分が増えても、戦える人数は増えない。


 暗い通路で折れたテオの剣が浮かんだ。あのとき、自分は何もできなかった。だけど、分かれ道を口で説明して、誰かが探しに行くのをここで待つのは嫌だった。


「分かれ道もあります。俺、一度あそこまで行ってますから」

「あなたまで行ってどうするのよ」

「でも、俺はあれを見てます」

「だから何?」

「場所も――」

「そういう話してない!」


 声が商館の奥まで響いた。


「……でも、俺が行きたいんです」


 リールは何も返さなかった。


「リールさん」

「分かってる。聞こえてるわ」


 さっきまでの強い声ではなかった。


 リグレットが二人の間に入った。


「安心して! 戦わせないよ。私だって一人じゃ行かない。ギルドで人を出してもらって、Fランク君は道を知ってるところまで。危なくなったら下がらせる」

「あなたが下がれって言って、湊が必ず下がる保証は?」

「そこはFランク君に聞いてよ」

「下がります。戦えないのは分かってます」

「一人で動かない」

「はい」

「案内が終わったからって、面白そうなものを見つけて勝手に先へ行かない」

「……はい」

「今、間があったわよね?」

「行きません」


 リールはそれ以上は止めなかった。


 * * *


 冒険者ギルドへ着いたときには、先に走ったコレットから話が通っていた。


 受付の奥ではシェイムの依頼記録が開かれ、クリストフが職員から何かを聞いている。リグレットが名前を告げると、すぐこちらへ来た。


「連絡もなしなら見に行く。新ダンジョンに入れる冒険者で、ちょうど一人空いていたので彼にも声をかけました。で、前にそこへ入ったことがあるのは?」

「俺です。ルゥラニュクスが出た場所までは分かります」


 呼ばれて出てきたのは、鍛え上げられた厚みのある体躯(たいく)の男だった。


 日に焼けた顔には深いしわがあり、腰には使い込んだ短剣、左腕には縁の削れた小さな盾を付けている。新品に見えるものが一つもない。


 リグレットが小さな声で言った。


「お、頼れそう」

「聞こえてんぞ、姉ちゃん」


 男は笑いもせず、そのまま湊たちの前へ来た。


「ゲリオンだ。帰ってこねえ若ぇのがいるってなぁ、そっちが先だ。俺ぁどうせ同じ穴に入るつもりだったんだよ」

「リグレットです。よろしくね、ゲリオンさん」

「さんなんぞいらねえ。おめえらが余計なことしなきゃ、俺ぁ帰る道くらいは見てやるよ」


 クリストフが湊を示した。


「彼はそこまでの案内だ。戦闘要員には数えません」

「おめえが道知ってんのか」

「はい。途中までですけど」

「十分だ。前は俺が見る。若ぇのは道だけ教えろ。……前だけ見て歩くんじゃねえぞ。帰り道が分からなくなったら、探す相手が一人増えるだけだからな」

「分かりました」

「返事だけはいいじゃねえか」


 ゲリオンは小盾の留め具を締め直し、出口へ向かった。リグレットも弓を背負い直してその後を追う。


「湊」


 ゲリオンに続こうとすると、後ろからリールに呼ばれた。


「案内が終わったら、勝手に前へ出ないで」

「はい」

「それから……帰ったら、商館に来て」

「分かりました」


 ギルドの扉を出ると、先を歩いていたゲリオンが振り返った。


「若ぇの、置いてくぞ!」

「今行きます!」


 湊は二人を追って走り出した。

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