第46話 昨日まで
オルメイは火床脇で戻ってきた道具を手入れし、湊は終わったものを壁際の棚に戻していた。そこへ来たリグレットが、細長い布包みを作業台へ置いた。
「はい、お土産。ネロズワルドから取ってきたやつ」
「なんだリグレットじゃねぇか。食い物なら持って帰れ」
「そんなわけないじゃん。リグちゃんが命張って取ってきた素材だよ?」
「ハッ。あのひよっこがCランクになったと思ったら飛竜の素材か」
布を開くと、乾かしたネロズワルドの腱が束ねてあった。リグレットが弓を外すと、オルメイは一本を引きながら弓身を確かめた。
「弦には使えるな。ただ、今の弓じゃ先に弓身が負けちまう。補強用の角板が必要だぞ」
さっきまで弓を覗き込んでいたリグレットが、急に面倒そうな顔になった。
「えー、また何か買うの?」
「嫌なら今のまま使え」
「買います。買わせていただきます」
「だったら三つ葉んとこ行ってこい。これと同じ厚さの角板を二枚だ」
オルメイは弓を返し、端材に印を付けた。リグレットは端材を受け取ると、すぐ湊に差し出してきた。
「Fランク君。はい、お願い」
「俺も行くんですか?」
「湊、ちょうど手ぇ空いてんだろ。ついでに持ってこい。代金は俺の加工賃から引かせろ」
「分かりました」
「よーし。じゃあリグちゃんの新しい弓のために、しゅっぱーつ」
「買い物に行くだけですよ」
「そういうのは勢いが大事なの」
何の勢いが必要なのかは、湊には分からなかった。
* * *
商館へ入ると、リールは取引台の奥で仕入れの帳簿を開き、コレットはその横で別の帳簿をめくっていた。
「角板? あると思うけどぉ、ちょっと待ってくださぁい」
端材を受け取ったコレットが、開いた帳簿の一行を覗き込んだ。
「あれ。これ、昨日までじゃん」
「何が?」
リールが聞くと、コレットは開いた帳簿をリールの前に滑らせた。
「シェイム。次も出すか決めるのに、戻る予定も聞いといたじゃん。昨日までなんだけど」
「遅れるって連絡は?」
「来てないよ。終わったらまた来るって言ってたけど、今日はまだ来てない」
リールが帳簿を閉じるより早く、隣にいたリグレットが口を挟んだ。
「その子、何の依頼に行ったの?」
「新しいダンジョンの調査よ」
「それって、ルゥラニュクスが出た方だよね」
知らない名前だった。けれど、ルゥラなら覚えている。
「ルゥラニュクスって何ですか?」
「ルゥラのでっかいやつが見つかったの。あれ、名前ついたんだよ」
暗い通路の奥で、揺れる灯りの中へ出てきた濃い紫の身体が浮かんだ。
あれか。
「コレット、冒険者ギルドへ行って。シェイムが戻ってるか確認して。こっちにはまだ来てない」
「うん」
「私も行く」
リグレットがすぐ続けた。
「新しいダンジョンなら、探すにしても一人じゃ無理。向こうで誰か集めてもらうよ」
「あの」
二人が動き出す前に、湊は口を開いた。
「俺、あいつが出た場所なら分かります」
リールの返事だけが、すぐに返ってきた。
「だからって、あなたが行く必要はないでしょう」
「でも、道も途中までは――」
「ギルドで説明すればいいわ」
その方が安全なのは分かっている。剣も槍も使えない自分が増えても、戦える人数は増えない。
暗い通路で折れたテオの剣が浮かんだ。あのとき、自分は何もできなかった。だけど、分かれ道を口で説明して、誰かが探しに行くのをここで待つのは嫌だった。
「分かれ道もあります。俺、一度あそこまで行ってますから」
「あなたまで行ってどうするのよ」
「でも、俺はあれを見てます」
「だから何?」
「場所も――」
「そういう話してない!」
声が商館の奥まで響いた。
「……でも、俺が行きたいんです」
リールは何も返さなかった。
「リールさん」
「分かってる。聞こえてるわ」
さっきまでの強い声ではなかった。
リグレットが二人の間に入った。
「安心して! 戦わせないよ。私だって一人じゃ行かない。ギルドで人を出してもらって、Fランク君は道を知ってるところまで。危なくなったら下がらせる」
「あなたが下がれって言って、湊が必ず下がる保証は?」
「そこはFランク君に聞いてよ」
「下がります。戦えないのは分かってます」
「一人で動かない」
「はい」
「案内が終わったからって、面白そうなものを見つけて勝手に先へ行かない」
「……はい」
「今、間があったわよね?」
「行きません」
リールはそれ以上は止めなかった。
* * *
冒険者ギルドへ着いたときには、先に走ったコレットから話が通っていた。
受付の奥ではシェイムの依頼記録が開かれ、クリストフが職員から何かを聞いている。リグレットが名前を告げると、すぐこちらへ来た。
「連絡もなしなら見に行く。新ダンジョンに入れる冒険者で、ちょうど一人空いていたので彼にも声をかけました。で、前にそこへ入ったことがあるのは?」
「俺です。ルゥラニュクスが出た場所までは分かります」
呼ばれて出てきたのは、鍛え上げられた厚みのある体躯の男だった。
日に焼けた顔には深いしわがあり、腰には使い込んだ短剣、左腕には縁の削れた小さな盾を付けている。新品に見えるものが一つもない。
リグレットが小さな声で言った。
「お、頼れそう」
「聞こえてんぞ、姉ちゃん」
男は笑いもせず、そのまま湊たちの前へ来た。
「ゲリオンだ。帰ってこねえ若ぇのがいるってなぁ、そっちが先だ。俺ぁどうせ同じ穴に入るつもりだったんだよ」
「リグレットです。よろしくね、ゲリオンさん」
「さんなんぞいらねえ。おめえらが余計なことしなきゃ、俺ぁ帰る道くらいは見てやるよ」
クリストフが湊を示した。
「彼はそこまでの案内だ。戦闘要員には数えません」
「おめえが道知ってんのか」
「はい。途中までですけど」
「十分だ。前は俺が見る。若ぇのは道だけ教えろ。……前だけ見て歩くんじゃねえぞ。帰り道が分からなくなったら、探す相手が一人増えるだけだからな」
「分かりました」
「返事だけはいいじゃねえか」
ゲリオンは小盾の留め具を締め直し、出口へ向かった。リグレットも弓を背負い直してその後を追う。
「湊」
ゲリオンに続こうとすると、後ろからリールに呼ばれた。
「案内が終わったら、勝手に前へ出ないで」
「はい」
「それから……帰ったら、商館に来て」
「分かりました」
ギルドの扉を出ると、先を歩いていたゲリオンが振り返った。
「若ぇの、置いてくぞ!」
「今行きます!」
湊は二人を追って走り出した。




