第44話 前より一つ
セレスティーヌは机に向かい、冒険者ギルドから届いた事故記録を読み終えた。机の端には、いつもの書類とは別に一通の封書が残っている。
重傷だった冒険者は治療を終え、すでに依頼に戻っていた。
依頼を受けられているのでしたら、ひとまず安心です。
事故記録を閉じ、封書を取った。差出人はギルド長のクリストフだった。
リール商会が、ギルドで依頼を受けられる者の中から保証金を出す相手を選んでいるらしい。
治療が終わっても、次の保証金がなければ依頼を受けられない方はおられます。その不足を商会が埋めるのでしたら、問題にする理由はございません。
けれど、それだけでしたらクリストフもこちらへは送らなかったでしょう。
手紙には、商会で保証金を断られた女が、冒険者ギルドへ戻り、別の依頼を選んだことも書かれていた。
誰へ金を出すかは、リール商会が決めることです。ギルドの受注資格まで変えているわけではありません。
別の依頼を受け、そのまま冒険者を続けられている。それなら、今のところはいい。
では、次も同じなのでしょうか。
まだ、一人だけです。
セレスティーヌは便箋を引き寄せた。
――支援を受けた方が、無事に依頼から戻ったかまで見てください。断られた方が次に何を受けたのかも、続けて知らせてください。
* * *
リール商会では、保証金の相談が続いていた。
取引台の横では、コレットが石鹸の注文や仕入れと同じ帳簿へ、保証金として出した金を書き加えている。
次に取引台へ座ったのは、見覚えのある杖の女だった。
「あ、前にも来てくれましたよねぇ。今日はどうしましたぁ?」
「あの、この前の保証金のことで、もう一度お願いしたくて」
リールが取引台へ寄ると、杖の女は今度は先に受けたい依頼を口にした。
「新しいダンジョンの調査です。まだ募集が残っていて……やっぱり、行ってみたいんです」
「前に聞いたときと同じですね」
「はい。でも、前と同じではないです」
杖の女は持ってきた硬貨を取引台へ置いた。
「この前、別の依頼を探すって言ったので、採取に行きました。ちゃんと終わらせて、その報酬も保証金に回します」
「これなら、前より一つ増えましたよね。それに、足りない額も前より少ないです」
「ダンジョンが初めてなのは、前と同じです」
「はい。分かってます。でも、何もしないまままた来たわけじゃありません。自分で一件終わらせて、その分も持ってきました。それでも駄目ですか?」
「足りないのはいくらですか?」
女が不足分を答えた。
「成功報酬は?」
「は、はい。銀貨五枚です」
「なら、成功したら手数料は銀貨二枚。保証金が戻ったら、商会が出した分も返してください。失敗した場合、商会が出した分は請求しません」
リールは帳簿を開いた。
「今回は出します」
「本当に、いいんですか?」
「ええ。ただし、次にまた必要になったときも出すとは限りません。今回の結果も見て、そのとき決めます」
リールがそう答えると、コレットが帳簿の横から一枚の紙を抜いた。
「じゃあ、ここに名前を書いてくださぁい。出した額も一緒に残しておくので」
「はい」
女は空いている欄に『シェイム』と書いた。
「ありがとうございます。終わったら、また来ます」
女が店を出ると、コレットは帳簿へ支援額を書き加えた。
「今のも出すんだ。前は断ったじゃん」
「前と同じなら断ってるわ。自分で一件終わらせて、出してほしい額まで減らして戻ってきたでしょ」
コレットが開いた帳簿には、石鹸の原料と工房への支払いがもう並んでいる。
そこを削る気はない。
* * *
翌日、商業ギルドは休みだった。
チコとノノは市場通りの食堂で向かい合い、昼食が運ばれてくるのを待っていた。仕事の日なら交代で済ませるところだが、今日は急いで戻る受付もない。
「休みの日くらい、もっとゆっくり食べられる店でもよくない?」
「午後に買い物をするので、ここが近いんです」
「ノノちゃん、休みまで効率で店選ぶじゃん」
「チコさんが何も決めずに歩き始めたからです」
言い返す前に、隣の卓から聞き覚えのある魔物の名が聞こえた。
「ルゥラの皮なら、今は一枚銀貨五枚で買う。持って帰れるなら何枚でもいい」
声の大きな男が、向かいに座った冒険者へ身を乗り出している。
「五枚でも今は行かねえよ。ルゥラの新種で、ルゥラニュクスってのが出ただろ。あいつの討伐、受けられはするけど保証金が高いんだ」
「じゃあ、あのダンジョンはしばらく入らねえってことか?」
「俺が行かなきゃな。ほかにも狙ってる奴はいるだろうけど、保証金で避けてる奴は多いんじゃねえか」
冒険者は、運ばれてきた水を一口飲んだ。
「最近は、リール商会が足りない保証金を出してるって話もあるけどな」
「商会が?」
「ああ。冒険者の代わりに出してるらしい。俺は使ったことねえから、どういう条件かまでは知らねぇけどよ」
「冒険者じゃない商会が出しても、受けられるのか」
「受けた奴がいるんだから、そうなんだろ」
商人は返事をせず、卓の上を指で二度叩いた。
「なら、俺が出す」
「はあ? 何を?」
「その討伐の保証金だ。俺が出す。その代わり、持って帰ったルゥラの皮は一枚銀貨三枚で俺に売れ」
「三枚? さっき五枚って言っただろ」
「五枚がいいなら、自分で保証金を出せ。こっちが出すなら三枚だ」
冒険者が口を閉じた。
「失敗したら、保証金は戻らねえぞ」
「だから三枚だ」
冒険者はしばらく商人を見ていたが、やがて椅子の背にもたれた。
「……ギルドで本当に通るなら、それでいい」
「よし。食ったら行くぞ」
店員が皿を置くのに合わせて身を引き、ノノは隣の卓を見た。
「チコさん」
「聞こえてるって」
二人の前にも、焼いた肉とパンの皿が置かれた。
チコが肉を切り始めたところで、今度は二つ向こうの卓から声がした。
「おい。東門から出す荷の護衛、まだ決まってなかったな」
帳面を見ていた男が、隣の若い男に尋ねている。
「はい。今朝の時点では、まだ」
「冒険者ギルドへ行ってこい。保証金はこちらで持つって伝えろ」
「こちらで、ですか?」
「荷をもう一日止めるよりいい。さっきのが通るなら、うちでもできるだろ」
若い男は食べかけのパンを口へ押し込み、水で流すと席を立った。
ノノがその背中を目で追った。
「……商会が保証金を出す条件まで、うちで契約に書くんでしょうか」
「さあ。でも、それ聞きに来るんじゃん?」
チコは残っていたパンをちぎり、皿の肉汁を拭った。
食べ終わる頃、店員が二人の卓へ伝票を持ってきた。
「二人で銀貨二枚ね」
チコが銀貨を二枚置いた。
「ここは先輩の奢りってことで」
二人は席を立った。
「感謝します」
「ちょっとちょっとノノちゃん。もっとさぁ、えぇー!? 先輩、いいんですか? もうほんと精霊様みたいですぅとかないの? コレットちゃんみたいにさぁ」
「コレットさんは……上手く言えませんが、少し怖いです」
「んー?どゆこと」
店を出たときには、さっきの商人と冒険者の姿はもうなかった。




