第43話 選ぶもの
翌朝、冒険者ギルドの一階では受付が開いたばかりで、クリストフの前に昨日の記録を抱えた職員が立っていた。
「昨日、リール商会へ行ったという少女が戻ってきています。新しいダンジョンの調査は受けず、保証金の少ない採取依頼を選びました」
「商会には出してもらえなかったのか?」
「本人はそう言っていました。それと、商会では今まで受けた依頼を聞かれたそうです」
「ランクは足りてたんだな?」
「はい。足りなかったのは保証金だけです」
クリストフは職員から記録を受け取った。
「商会が払った中に、この女と同じランクの奴はいるか?」
「います。昨日だけでも」
ギルドでは受けられる。だが、商会は金を出さなかった。
「そいつらの記録も出してくれ。前に何を受けていたかまで見たい」
「昨日の分だけですか?」
「いや、商会が払ったと分かる奴は、全部見たい」
職員が持ってきた受注履歴を机に並べると、失敗した依頼のあとで空白が続く者もいた。だが、その前には、今回受けたものと同じ種類の依頼が何度も並んでいる。
「……前にも同じ種類の依頼を受けてる人ばかりですね」
「少なくとも、今見た分はな」
「じゃあ、そこを見てるんでしょうか」
「まだ分からん。ただ、ランクだけじゃない」
「商会で断られても、こっちは今まで通り受け付けていいんですよね?」
「あぁ、今まで通りだ。こっちの条件を満たしてるなら受け付けろ。商会が金を出すかどうかは、ギルドの受注資格とは別だ」
職員が記録を持って受付へ戻った。
* * *
その日の午後、シェナはオルメイの工房で道路修繕の記録を確認していた。作業台には戻ってきた道具が分けてあり、オルメイが傷みを確かめながら湊へ指示していた。
「こっちは先だけでいい。柄まで替えんな」
「はい。じゃあ、そっちはそのまま戻します」
「それでいい」
シェナは修理が必要な分を記録に加えた。
「作業を分けてから、やり直しは出ていません」
「なら、明日から湊は連れてかねえ。俺が最初に地面見て、やり方決めりゃいい」
オルメイは作業台の端にいた湊へ続けた。
「で、湊。おめぇ、これからどうすんだ」
「これから、ですか?」
「道の方はもう回る。このまま工房手伝いながら、冒険者続けんのか?」
「採取なら、俺でもできます」
「できる仕事があるのは知ってる。魔物が出てきたとき、おめぇどうすんだ」
「逃げるしかないですけど……」
「毎回逃げられるなら、テオの剣は折れてねえよ。だからって、冒険者やめろって言ってんじゃねえぞ。ただ、おめぇは剣も槍も使えねえだろ」
湊はすぐには返さなかった。
「おめぇさえよけりゃ、うちの工房で雇ってやってもいい」
「……俺をですか? ちょっと、考えてもいいですか」
「好きにしろ。明日までに決めろなんて言ってねえ」
これからどうする。
湊へ向けられた言葉なのに、シェナにも残った。メルドがいた頃、確認した事実を報告すれば、次にどの記録を見るかを決めるのは先輩だった。
今は、その次を自分で決めなければならない。
「今日はもう仕事ねえ。湊も上がれ」
オルメイに言われ、湊は使った道具を戻した。シェナも今日の記録をまとめたが、湊は帰り支度を終えてもすぐには工房を出ず、作業台の脇に立っていた。
何か言えることがあるだろうか。
「湊さん……」
「シェナさん、この後一緒にご飯に行きませんか?」
「はい」
……えっ?
仕事の確認でも、監察の聞き取りでもない。工房を出たあと、湊と二人で食事をする。
「何か、食べたいものありますか?」
「いえ、特には」
「じゃあ、近いところでいいですか?」
「はい」
工房から二本先の通りにある食堂へ入り、二人で向かい合って座った。夕食には少し早く、店内には仕事を終えた職人が何人かいるだけだった。
二人とも煮込みとパンを頼んだあと、しばらく何も言わなかった。
誘ったのは湊さんなのに。
「……さっきの話ですか?」
「え?」
「オルメイさんに言われたことです」
「ああ。はい。それです」
やっぱり。
「工房で働くのは嫌なんですか?」
「嫌じゃないんです。だから困ってるんです」
「オルメイさんには、この世界に来てからずっと世話になってますし。工房の仕事も嫌いじゃないです。俺でもできることがありますし」
「でしたら、働きながら冒険者を続けることもできますよね」
「たぶん、できます」
そこで湊の返事が止まった。
運ばれてきた煮込みから湯気が上がる。湊はまだ手をつけなかった。
「俺、ずっとここにいるかどうかも分からないんですよね」
「故郷のことですか?」
「はい」
シェナは何も返せなかった。
湊の故郷の話は知っている。だけど、帰る方法があるのか、それとも二度と戻れないのか。そこは、まだ分からない。
「帰れるなら、帰りたいですか?」
「前なら、すぐ帰りたいって言ってたと思います」
「今は違うんですか?」
「……分からなくなってきました」
湊はそう言って、パンを煮込みに浸した。
「家族もいますし、友人もいます。たぶん、みんな心配してます。帰れるなら帰らないと、とは思うんですけど」
帰りたい、ではなかった。
帰らないと。
シェナがそこを聞き返す前に、湊が続けた。
「でも、こっちに来てから、知らないものばっかり見たんですよ。最初は石鹸作ったり、道を直したりするだけで精一杯だったんですけど、冒険者になって外へ出たら、もっと色々あって」
「テオさんと行ったダンジョンも?」
「怖かったですけどね。あれは本当に」
それでも、湊は冒険者をやめるとは言わなかった。
「テオさんとか、リグレットさんを見てると、ちょっと羨ましかったんです」
「強いからですか?」
「それもありますけど……たぶん、違います」
湊はパンをちぎったものの、口には運ばなかった。
「二人とも、自分が行きたいところがあるんですよ。そこへ行くために金を稼いだり、装備を直したりしてる。危ないのに、それでも行きたいって自分で決めてるのが」
「湊さんにも、行きたいところができたんですか?」
「それが分からないんですよね。もっとこの世界を見てみたいとは思います」
「でしたら――」
「でも、それを仕事にしたいのかって言われると、分からなくて。採取なら俺にもできますけど、命をかけてまで冒険者をやりたいのかって聞かれたら……もしかしたら俺、ただ遊びたいだけなのかもしれません」
「遊びたい?」
「せっかく知らない場所に来たんだから、もっと見てみたいとか、行ったことのない所へ行ってみたいとか。そういうのを仕事にしたいって言っていいのかなって」
シェナは煮込みを一口食べた。
遊びたいからでは、駄目なのだろうか。
「言ってはいけないんですか?」
湊が顔を上げた。
「仕事を決める理由って、もっとちゃんとしてないと駄目なのかと思ってました」
「ちゃんと、というのが私にはよく分かりません」
「ですよね」
「でも、オルメイさんも今日決めろとは言っていませんでしたよね」
「はい」
「……だったら、まだ決めなくてもいいんじゃないですか」
まだ決めなくてもいい。
「……私も、似たようなものかもしれません」
「シェナさんも?」
「先輩がいた頃は、私が確認したことを報告すれば、次にどの記録を見るかを決めるのは先輩でした。でも今は、それも自分で決めないといけません」
「それ、結構大変じゃないですか?」
「大変ですよ」
話しているうちに、煮込みはもう半分ほど減っていた。
「シェナさんでもそう思うんですね」
「どういう意味ですか?」
「何でもちゃんとできる人だと思ってたので」
「それは買いかぶりです」
「じゃあ、お互い考え中ってことですね」
「そういうことになりますね」
湊はパンをちぎりながら笑った。
「あの、シェナさん」
「はい」
「また食事に誘ってもいいですか?」
シェナは少し笑った。
「人生相談ですか?」
「はい」
* * *
同じ頃、最後の受付記録を職員へ返したあと、クリストフはギルド長室に残った。
ギルド本部へ送る報告書には、何も足さなかった。
別の紙に書いたのは、リール商会の名と、ギルドでは受けられる者の中から保証金を出す相手を選んでいることだった。商会で断られた女が受付へ戻り、別の依頼を選んだことも加えた。書き終えると、末尾に署名した。
宛名は、セレスティーヌ・フォン・ブーケ。




