第42話 次の行き先
冒険者ギルドの一階では、昼過ぎまで続いていた受注の列がほぼ消え、クリストフの手元には、半月以上仕事を受けていなかった者の名が並ぶ記録が残っていた。
「こいつらが急に戻ってきた理由は分かるか?」
「何人かについては、リール商会の書記が来て、保証金の足りない分を払っていました」
「リール商会?」
名前には覚えがあった。石鹸を扱っている商会だったはずだ。
「なぜ、あの商会が冒険者の保証金を?」
「そこまでは分かりません。ただ、本人が持ってきた分と合わせて、必要な保証金は納められています」
「商会が払ったのは、どの連中だ?」
職員が記録の中から何人かを示した。いずれも前回の受注から半月以上空いている。
足りなかった保証金を商会が埋め、その日のうちにまた依頼を受けたということか。
受付の列はもうほとんど消えていた。職員に記録を返したところで、掲示板の前から大きな声が聞こえた。
「おい、昨日あった討伐、もうないのか?」
以前から見覚えのある剣士だった。しばらく姿を見なかったが、今日は腰に剣を下げている。
「先ほど受注されました」
「マジかよ。やっと治療終わって戻ってきたってのに」
男は空いた場所を確かめ、その隣に残っている依頼書を読み始めた。
「あの討伐行きたかったんだけどな……まあ、仕事がないよりいいか。こっちの護衛にする」
護衛依頼を外した男が受付へ向かっていく。掲示板にはまだ依頼が残っているが、朝より空いた場所が増えていた。
「リール商会って、保証金出してくれるとこだろ?」
今度は、掲示板の端で二人の冒険者が話していた。
「そう聞いた。金足りなくて荷運びしてても、あそこ行けばまた依頼受けられるって」
「どこにあるんだ?」
「商業区の方。俺も次きつくなったら聞いてみるかな」
隣で聞いていた杖の女が口を挟んだ。
「……そこ、私も聞いてみようかな」
今日来た者だけで終わる話なら、受付を増やした時点で片づいている。だが、今の話を聞いた者まで同じ商会へ向かえば……。
「ギルド長」
さっきの職員が、まだ手元に残していた受注記録を示した。
「この件、報告に上げますか?」
長く残っていた依頼は動いている。さっきの剣士も、目当てとは別の依頼を持って受付に向かった。
異常ではある。だが、悪化ではない。
「上げるなら、何が起きたと書く?」
「受注が急に増えた、でしょうか」
「今は上げない。もう少し見る」
職員が受付に戻っていく間にも、掲示板の前では別の冒険者が依頼書を一枚外していた。
* * *
その日の夕方、リール商会の取引台では、リールと一人の冒険者が向かい合っていた。
武器は使える状態で、受けたい依頼も以前に何度か経験している種類の依頼だった。足りないのは保証金だけなので、リールはこれまでと同じ条件で不足分を出すことにした。
男が席を立つと、コレットが次の客を呼ぶ前に声を落とした。
「リールさん。これ、来た人みんなに出すつもり?」
「まさか。全員には出さないわ」
「ならいいけど。このまま出してたら、いつもの仕入れに回す分まで使うことになるよ」
次に取引台へ来たのは、杖を持った若い女だった。
杖ということは彼女は魔術師……よね。今でも、やっぱり好きにはなれない。
「あの……。ギルドで、ここなら保証金の足りない分を出してもらえるって聞いたんですけど」
「はぁい、受けたい依頼は決まっていますかぁ?」
「はい。新しいダンジョンの調査依頼です。まだ駆け出しなんですけど、今の私でも受けられるって言われて。それなら行ってみたいなって」
行ってみたい、か。
リールが口を挟んだ。
「今まで、どんな依頼を受けてきたんですか?」
「採取だけです。街の外には何度か出ています。保証金だけ足りないんです」
「今回は出せません」
「え?」
女は席を立たなかった。
「でも、ギルドでは受けていいって言われました」
「ええ。ご自分で保証金を用意するなら、私が止める話ではありません」
「じゃあ、どうして私には出してくれないんですか? 保証金が足りないのは同じですよね」
「今まで出した人たちは、前にも同じような依頼を受けていたんです。あなたは、ダンジョンの依頼は初めてなんですよね」
出せる金があるのに断るのは、思っていたより後味が悪い。
「……じゃあ、私はずっと出してもらえないんですか?」
「そこまではまだ決めていません。ただ、今日は出せません」
「……わかりました、今日は別の依頼を探します」
女が杖を持って取引台を離れても、その後ろには次の冒険者が待っていた。




