第41話 戻って来た顔
商館では、取引台を挟んでリールと革鎧の男が向かい合い、男の前には財布が開いたまま置かれ、外にはまだリグレットを乗せた荷車が止まっていた。
湊がリグレットを奥へ運び、しばらくして取引台へ戻ってきた。手には小さな金袋がある。
「リグレットさんからです。商会が出した分と、銀貨四枚」
「分かった。まだ休ませておいて」
湊が外へ戻ると、革鎧の男は財布を引っ込めずに待っていた。
「俺も戻りたいんだ。受けたい仕事は決めてるし、剣もまだ使える。あとは保証金が少し足りねえ」
「その仕事、前にも受けたことは?」
「ああ。前は何度もやってた」
「いくら足りないの?」
革鎧の男が財布の中身を取引台へ出すと、硬貨が板の上で重なって鳴った。不足する額は、リグレットのときに商会が出した額と大きくは変わらない。
「成功報酬は?」
「銀貨八枚だ」
「なら、成功したら手数料は銀貨三枚ね」
保証金が戻ったら商会分を返すこと、失敗した場合は商会分を請求しないことを伝えた。
「それなら、今日から戻れるのか?」
「ギルドでその仕事を受けられるならね」
「受けられる。ランクは足りてるんだ」
「分かった。不足分は出すわ」
「助かる。荷運び、あと何日やることになるかと思ってたんだ」
荷運び。テオも、そこへ戻るつもりだった。
革鎧の男が財布を戻す前に、横から声がした。
「俺は保証金ならある。けど、槍を直したら足りなくなるんだ」
「槍はもう直ったの?」
「いや。工房に出したところだ。戻るのは明後日」
「なら、あなたは槍が戻ってからね」
「修理代はもう分かってるぞ」
「でも、今はその槍で仕事に行けないでしょう。戻ってからもう一度聞くわ」
「……分かった。明後日また来る」
取引台の前から人が減るより先に、商館の扉がまた開いた。
「リールさん、俺もいいか? 武器はあるぜ。保証金だけ足りねぇんだ」
「ちょっと待って。一人ずつ聞くから」
話を聞き終えたころには、取引台の横に何人かが残っていた。
「コレット」
リールは帳場から顔を出したコレットに残っている冒険者たちを示した。
「この人たちとギルドへ行って。商会から出す分は、前と同じように受付に直接払って」
「はーい。じゃあみなさぁん、こちらでお名前と足りない額を教えてくださぁい」
冒険者たちはコレットの近くに集まった。
「俺からだ。名前は――」
「待て、 俺が先に来てたんだ」
「おい、押すな」
「俺が足りないのは――」
コレットの声が、一段甘くなった。
「こ、怖いよぉ。いっぺんに言われてもわかんないよぉ」
さっきまで押し合っていた冒険者たちが黙った。
革鎧の男が口を開いた。
「ごめんね、コレットちゃん。おい、お前ら。コレットちゃん泣かせちまうだろ。一人ずつ聞いてもらうぞ」
「ありがとう、おじさん」
「おじさん……。まだ若いんだがな」
「ヤベッ。えっとぉ、助けてくれた姿がぁ、伝説の勇者様みたいに立派だったから……!」
「俺が……伝説の勇者……。いい、もうおじさんでいいよ! コレットちゃん!」
革鎧の男の後ろでは、まだ次の冒険者が順番を待っていた。
* * *
昼を過ぎても、冒険者ギルドの受注受付には列が残っていた。
冒険者ギルド長のクリストフ・ブーケが一階へ下りると、依頼書を持った者と、掲示板から何を取るか相談している者が同じ受付の前に集まっていた。
「ギルド長、受注の確認が追いついてません」
「登録窓口は?」
「今は待っている人はいません」
「なら一人を受注へ回してくれ。依頼書を持っている者と、相談が必要な者で列を分けよう」
「分かりました」
職員の声が飛ぶと、入口近くまで伸びていた列が二つにほどけた。
しばらくして列が短くなると、クリストフは受付の職員へ声をかけた。
「今日は新規登録も増えているのか?」
「いいえ。登録はいつもと大きく変わりません」
「新しいダンジョンに集中しているのか?」
「いいえ。ほかの依頼も普段より動いています」
受付を終えて離れていく者の中に、ここしばらく見ていなかった顔が混じっていた。革鎧の男は以前ならもっと頻繁に仕事を受けていたし、もう一人にも見覚えがある。
見るなら、今日の人数じゃない。最後に仕事を受けた日だ。
クリストフは今日の受注記録を開いた。
「今日受け付けた者の、前回の受注日を出してくれ」
「全員ですか?」
「新規登録は除いていい。前からいる者だけだ」
しばらくして、職員が記録を持って戻ってきた。
「出ました。今日受け付けた者の、前回の受注日です」
受け取って確認すると、数日しか空いていない者に混じって、前回の受注から半月以上空いている者が何人もいる。
「彼らの別の街で受けた記録は?」
「ありません」
増えたんじゃない。戻ってきたのか。




