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境界線の商人  作者: カミツキ
三つの道

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第38話 また荷台

 王国監察局で、その日の記録を確認していたメルドのもとへ、中央から一枚の書面が回ってきた。


『冒険者ギルドに関する調査は、以後中央で扱う。現在までに集めた資料を提出し、本件について新たな照会や聞き取りを行わないこと』


 理由として書かれているのは、今回の調査が王国から冒険者ギルドへ与えられた権限と、その運用に関わるためということだけだった。


 商業ギルドも、リール商会も書かれていない。


 シェナは書面を最後まで読むと、前日まで使っていた記録を開いた。


「この書面で止められているのは、冒険者ギルドの件だけですね」

「ええ。今まで集めた資料も、そこは全部中央へ渡します」

「ヴェール大聖堂へ行った直後に、ですか」


 そこに引っかかるのは分かる。ただ、近い時期に二つの出来事が起きたというだけでは、片方をもう片方の理由にはできない。


「時期が近いことは記録できます。誰が何を伝えて、この指示が出たのかまでは確認できていません」

「分かっています。でも、ヴェール大聖堂が治療以外の判断にも関わっているのか、それには答えてもらえていません」

「それも、そのまま渡してください。回答がなかったことまで含めて、私たちが確認した事実です」

「先輩。私は、これで調査が終わったとは書けません」


 ここから先を調べれば、今度は自分たちが与えられた範囲を越える。


「終わったとは書かなくていいです。確認できていない項目は、未確認のまま引き継いでください」


 シェナは記録の末尾に書き足した。


 未確認。


 冒険者ギルドから受け取った資料と聞き取りの記録を木箱へ収めると、メルドはふたに監察局の紙を貼り、銀印を押した。


「シェナは明日から、またオルメイさんの工房へ行ってください」

「分かりました。湊さんの記録も続けます。先輩は?」

「私は一度、アラインカプスを離れます」

「中央に戻るんですか?」

「いいえ。冒険者ギルドを見ていたら、今度は中央が動きました」


 シェナは返送する木箱を見た。


「リールさんだけを見ていても、次に誰が動くかは分かりません。私は一度、街の外を見ます」


 * * *


 ヴェール大聖堂の寝台で、テオは枕へ背を預けていた。まだ掠れた声で話す彼を、リールは少し離れた壁際から、湊とともに見つめていた。


「湊。お前は怪我なかったのか」

「俺は大丈夫です」

「そうか、ならよかった」


 リールが寝台のそばへ寄ると、テオは彼女へ顔を向けた。


「悪かったな。剣、また駄目にした」

「あなたが謝ることじゃないでしょ。あれは予定にない相手だったんだから」

「でも折れたもんは折れた。ここ出たら、また荷運びだな」


 また荷運び。


 前に荷台の横で会ったときも、テオは剣を直す金を作るために荷を運んでいた。あのときは、それでも新しいダンジョンへ行く話をしていた。


 隣にいた湊が、たまらずといった様子で口を開いた。


「この前、やっと冒険者に戻れたばかりじゃないですか」

「戻れたからって、ずっと戻ってられるわけじゃねぇだろ」

「でも、また剣を直せば……」

「その金、どっから出すんだよ」


 湊から次の言葉は出なかった。


「荷車なら、武器がなくても仕事はできる。冒険者みたいに、仕事受ける前に金を用意する必要もねぇ。別に荷運びが嫌なわけでもないしな。だったら、そっちで暮らしてる方が安定してる」


 それなら、それでいい。


 本人が荷運びで暮らしたいなら、リールが口を挟む理由はない。


「テオ。冒険者は辞めるの?」

「……辞めたいわけじゃねぇよ」


 返事が遅れた。


「辞めたいわけじゃないなら、また剣を直して戻るつもり?」

「また剣を直して、保証金作って、それで戻ったところで……またしくじったら同じことだ。剣壊して、別の仕事して、金作って。もういいだろ。疲れたんだ」


 疲れた。


 前も、剣を直すまで荷を運んだ。今度も同じように戻れたとして、その先でもう一度失敗すれば、また荷台へ戻ることになる。


「剣が直って、次の仕事に入る金もあったら、どうする?」

「……戻るよ。戻れるなら」

「でも、荷運びの方が安定してるんでしょ?」


 すぐには返ってこなかった。

 テオは枕へ預けていた背を少し起こした。


「でも、やりたいかって聞かれたら別だろ。俺は冒険者やりてぇよ」


 前は、剣を直したあとだった。保証金が足りず、そこで商会から出した。

 今度は、その前にもう荷台に戻ろうとしている。


「今度は、荷運びを始める前にうちへ来て」

「剣もねぇし、金もねぇぞ」

「だから来るのよ。剣を直すところから見ればいいでしょう」

「保証金もか?」

「そこも見る。前みたいに一度出して終わりにするかは、まだ決めてないけど」


 投げるように返していた言葉が、初めて途切れた。


「……それで、また戻れるのか?」

「戻れるかどうかは、剣を見てからよ。でも、荷車を押して金を作るところから始める必要はなくなるかもしれない」


「なぁ、どうして俺のためにそこまでしてくれるんだ?」


 理由?


 辞めたいなら辞めればいい。疲れたなら休めばいい。

 けれど、辞めたくないのに、戻るための金がないというだけなら、それは別だ。


「あなたが、辞めたいって言ってないからよ」

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